未来の生活

子供の頃、未来の生活を絵に描いたことがある。
小学2年生の頃だったか、学校の図画工作の時間の課題だった。

ビルが立ち並び、そのビルの屋上やバルコニーには花が咲き乱れ、個人向けの小型ヘリコプターが空を飛び交うような絵だ。

小さい頃はそんな未来が本当に来るとも考えずに、漫画やアニメで見た未来の想像図を勝手に絵にするのだから、その日の図画工作はとても楽しかったような気がする。

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※画像は巨匠 小松崎茂画伯によるもの。当然ながら、小学生当時の僕の描いたものではない。


それから40年近くが経ち、おっさんになった現在、世の中は随分と便利になった。少年期に想像した未来とは違うのだけど「現実にやって来た未来の生活」が僕にもたらした便利さを今夜あらためて感じた。


大学生の頃、ジャズのサークルに没頭した。
ジャズに没頭した部分もあるが、サークルの仲間同士で遊んでいることに時間を費やしていたから、「ジャズに」ではなく「サークルに」没頭していたのだ。

とは言え、共通の遊びツールがジャズであるのだから「モノホン」と呼ばれるジャズジャイアンツのCDも買ったし、演奏も見に行った。しかし、潤沢な資金があるわけでもないのでダビングしたテープとか人のうちに音源を聴きに行くなんてことも多かった。


それがなんと、たいした苦労もなく無料で次々に音楽を聴くことができる。音源のサブスクとかではない。単にYouTubeのことなのだが、音だけでなく演奏の様子を見ることができる。

今更何を言ってんの?
というくらい今では当たり前のことだけど、僕が学生の頃、25年くらい前には考えられなかったサービスだ。

手持ちの金で買えるCDは一枚。輸入盤にしたら二枚いけるか?いや、この二枚組のベスト盤にしたら一層お得だ…そんな事を悩みながら厳選したCD。自宅に帰って来て聴いたら…ガーン!どうでもいいくらいダサい…。失敗した…。

そんなことを繰り返しながら、数々の音楽と接してきた日々。期待を大きく裏切るクソのような一枚に出会うことなく、聴きたい曲だけを聴きたい時に聴くことが出来るのだ!

優れた音楽を、それこそ道端の石ころのように拾うことができる。玉石混淆だろうけど…。今の学生が羨ましい。なんて年よりじみた事は言いたくない。今の僕が石ころのように音楽を拾いまくればいいだけだ。

昔のことを思い出して「当時からみた未来の生活」がその時にあればどれ程素晴らしいか!」なんて考えたところで、その「未来の生活」は今の生活=現在 なのだから。 この先、20年後とかに迎える更に便利であろう未来のために、現在の石ころ拾いに精を出そう。