【2021年を振り返る】酒について②

晦日の今日は朝から料理に没頭していた。

12月になってから一緒に勉強している末娘と「家庭科の調理実習」と称して正月料理を一緒に作って一日を過ごした。

朝から娘と一緒に農協に出掛けて、地場の野菜を選ぶ。正月料理と言ったところで、煮しめを作る程度の簡単なものだから大した買物もしないのだけど、農協に出掛けていいものがあればそこで買い、ないものはスーパーに行ってそこで買う。単純なことだけど、そこには財布と味覚と視覚をフルに鑑みる買物の楽しさがあり、それを娘に実地教育することの出来るイイ時間だった。このあたりの詳細はまた別項に記したい。

一日料理しかしていないのに夕方になると一丁前に疲れた。「料理しかしていないのに」というのはプロの料理人に失礼だった。しかし、僕のテキトー正月料理とプロの人が労働として行う料理には雲泥の差がある。僕は一日遊んで楽しんで料理をしただけなのに思いの外疲れたのである。



今日で2021年も終わる。

人が決めただけの暦にそんなに右往左往させられたくないし、大晦日の夜だって別に12/20の夜だって別に5/18にしても、どちらに優劣がある訳ではない。そんなふうに思いながらも、やはり僕は俗世間に生きているので「大晦日は割と大晦日らしく楽しく過ごしたい」なんて思ったりもする。


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そんな夜には久しぶりに日本酒を飲んでいる。
常酒と呼ぶには酒に対して失礼過ぎるほど「今やたまにしか飲まなくなった土佐鶴」であるが、それでも僕はこいつが好きだと思った。

本当にたまにしか会わないのに、会うと全てを理解して都合のイイ女と過すような感じなのだろう。そんな女との縁が無いのは寂しいことなのだけど…。


この一年もよく酒を飲んだ。
その多くが安いウィスキーであり、安い日本酒である。
いい年になったのだから、日々の酒は美味しく人に対してもほこれるようなものを飲んでいたいという「見栄」みたいなものもある。

しかし、今の僕の身の丈に合う酒はやはり安酒なのだと思う。高価で美味い酒への憧れは忘れてはならないのだろうが、どれだけ身の丈に合う生活の中で楽しさを見出すのかが今の僕には必要なことだと思う。