弁当の思い出

今朝も昨日に続いて娘の弁当を作った。

塩鮭を焼いて玉子焼きを作り、御飯とともに弁当箱に詰めるという簡単なことだけど、弁当として食べる時に少しでもバランスよく作るには、普段ウチで食べる料理とは違う注意が必要になる。

これは御飯とオカズという味の取合せやそれぞれの量のことでもあれば、おっさんが造る弁当とは言え食べるのは高校生の娘なのでおっさんなりにも色合いなども気にするのだ。

本当に毎日、お弁当を作る人(ジェンダーバランスの観点からここでは敢えて「人」と記すが本当は「お母さん」と言いたい)は面倒になることもあるのだろうと感じた。

料理が苦手な人(お母さん)なんてそこらに沢山いるだろうし、それでも見栄えは女性が作ったものらしくしたいという「見栄みたいなもの」も生じるだろう。

ある意味、僕のようなおっさんの方が「おっさんの作った弁当なのだから!」と多少の見栄えの悪さにも開き直られるのかも知れない。

 

僕は中学生〜高校生の間、昼食には母親の作る弁当を食べていた。高校生になると学食で友達と一緒にメシを食べたかったり、田舎町とは言え学校から少し出掛けると食堂とかテキトーな飲食店もあるのだからそうしたところでメシを食べたかったりもしたので、毎日弁当だった訳では無い。

ただ、僕が高校生の時には妹は中学生で弁当が必要だったし、父親までもが母の作る弁当を持参していたのだから「あんたのもついでに一緒に作るから」みたいな流れで、大抵は母の弁当を食べていた。

そんな弁当は「見栄えなどほぼ無関係」で一品くらい弁当用のオカズが作られるくらいで、あとは普段のメシの余り物が雑多に弁当箱に詰め込められたものだった。

中学生の頃は一緒に弁当を食べる友達の「きらびやかで見目麗しい弁当」を羨ましく感じたものだ。

そんなことを思い出しながら、娘のために作った弁当と一緒に「ついでに自分の分も作って」昼飯に食べている。

これが見栄えのするものであろうが、そうでなかろうが、何かの工夫や苦労が伴ったものであれば美味しく感じるものだ。そんな言い訳めいたことを考えながら僕は昼飯時を過ごしていた。