鯛の食べ比べ

長女が受験の真っ只中にいるということは先日もこのブログに記した。「真っ只中」にいると時の流れもゆっくりとなるようで、なかなか真っ只中が終わらない。

数日前から決戦のために上京した長女が戻って来て来るのは数日後のことだが、この数日はこれまでの「光陰矢の如し」よりも遅くに感じるものだ。

日々、元気に試験を受けているのだろうか?やけにスローモーにそんなことが気になるのだけど、そんな長女の健闘を祈りながら今夜は末娘と二人で夕食を楽しんだ。

先月のことになるが、スーパーで鯛の粗が安くに売られているのを見つけて、そいつを酒蒸しのように調理して末娘と二人で食べた。養殖の鯛の粗だったので大振りなものが一尾分で200円だったか250円だったか…細かな値段は覚えていないけど、そのくらいの価格で買ってきて二人して喜んで結構な量の鯛を食べた。粗なのだけど…。

末娘の「鯛の粗」への関心は高く、そこらの出来合惣菜を買えば250円くらいでは二人が食べ応えあるようなオカズは支度出来ないところ、鯛の粗であればどれほどの満足感を得られるか?という点に大きな興味を持ったようだった。

骨についたプルプルのやつから、頭蓋骨の隙間の可食部から、目玉の側のゼラチン質のやつからしゃぶり尽くして、その骨から出たであろうオツユも父娘二人で美味しくいただいた。

 

この時の調理については、ふんだんに注いだ酒とか調味に加えた塩を値段換算しても大した価格ではないので、その調理の手間賃を価格に反映ないのならば、とても安価に相当美味しいものに出会えることになる。

僕自身、料理をするのは苦ではないし、ものを食べるには何かの手間が必要であることは「人が生命維持のために呼吸する」くらいのレベルで当たり前だと思っているので、鯛の粗を調理する手間など、「鼻や口から新鮮な空気を吸ってそれを肺に送り込むこと」くらいに意識もせずに向き合ってこなすことが出来る。

 

そんな末娘と今夜は久しぶりに一緒にメシを食べようと約束していた。食欲旺盛な末娘は大抵の献立を喜んで、いや、僕の想定を遥かに上回る食欲で気持ちよく食べてくれるのだけど、今夜はそんな彼女に「2種の鯛」を食べさせることにした。スーパーに行くと、養殖鯛と天然物の鯛の2つの粗が売られていたので両方を買ってきただけなのだが…。

2種の鯛を熱湯に潜らせて鱗を取り去る下拵えも娘と共に行う。こうして食べ比べてみた鯛の味は格別であった。

2種を食べ比べてみてその違いはよく分かった。分からざるを得ない…というくらいによく分かった。そして、僕自身もこれまでに天然物と養殖者をいっしょに食べてみてその味の違いを体感したことがなかったのだったが、その結果はあまりにも明確なものだった。

それぞれの鯛を同様に調理して(と言っても、下拵えしたものを酒と塩を加えた水で煮るだけなのだが…)、食べる比べるだけ。そんな簡単なことだし、大した金もかからないことだけど、これを僕は体験したことがなかった。

イメージで天然物と養殖物のどちらが美味いか?とか言うことは簡単だ。しかし、実体験として眼の前で判定を下すことをすれば、これから容赦なく養殖物の悪口を言うことが出来るだろう。

そんなことを強く思う感じらせられるくらいに天然物が美味しかった…いや、養殖物が不味いものだった。

 

※写真は2種を食べたあとで、その2つをミックスした鯛のオツユです。割合としては天然者のオツユがあまりに美味くて、父子してよく食べたので7割くらいは養殖物の味のする鯛のオツユですが、これは明日の昼にでも煮麺になるのかと思います。