今日は少し気温が下がったが、すっかりと春の盛りも過ぎて季節は初夏へと移ろうとしている。
ベランダ菜園の植物も一応元気に育っているし、それなりに虫もやってきた。春爛漫はとうに過ぎたのだ。そんな中でも僕には「こいつの春は来るのか?出来ればイイ春を迎えて欲しい。」と願っていたヤツがいた。
去年の秋口に僕のウチの山椒に寄生したアゲハ蝶の幼虫どもである。
数匹の幼虫が山椒をベースキャンプとして繁殖していき、そのうちにあっという間に山椒の柔らかな葉っぱを食べ尽くしてしまった。そんな幼虫どもに情が移ってしまって奴らを扶養していたことはこのブログにも記した。
最終的には9匹の青虫たちが僕のウチの虫籠で僕が数日に一度採ってくる柑橘類の葉っぱを食べては大きくなっていき、そいつらはだいたい無事に蛹へと変貌した。
秋のうちに蝶になり、我が家から飛び立って行ったのは僅かに一羽だけ。残りの8匹は留年というのか浪人というのか、蝶として世間に出ることを次の春に持ち越す決意をした様子だった。
僕の実家の瀬戸(と家族が呼んでいたウチの裏側)には柚子の木があり、そこにアゲハ蝶の青虫を見ることはいつものことだったように思う。
なんにしてもとにかく田舎にいるのだから、アゲハ蝶の青虫やらその蛹などに特別な注意を払ったこともなく、当たり前のように蛹たちは暖かな春になると蝶になっていくのだろう…そんな風に少年時代の僕は考えていた。
大きく育った幼虫が蛹になったのは11月くらいだろうか?きっとこのブログを振り返ればそれも分かるのだけど面倒なのでそれはしない。
彼らが育った虫籠はベランダに出してはいたが、軒下に置かれていたため、普通に雨水などがかかることはない状態だった。完全に冬らしくなる前だったように思うが、虫籠の中の枯葉(もともとは青虫の餌となっていた蜜柑の葉っぱや茎)がパッキパキに乾燥しているのを見て、蛹にもある程度の湿度を与えておかねば良くないかも…と感じた。
そこで僕は多少の水を虫籠内に掛けて、更には虫籠を軒下ではなく、雨が降れば雨も降りかかるプランターの側に置いておいた。
それから数日後、乾燥続きの気候の中、雨が降っていて、雨が止んだ数日後に虫籠を見ていたら、乾燥を潤すどころか「水槽と呼ぶに相応しいくらいにジャブジャブに水をたたえた虫籠」がベランダにあった。蛹のうちの何体かは静かに水面に浮いていた。
僕はすぐに排水し、浮かんでいた蛹も水から引き上げ、虫籠を元の軒下に移しておいた。
アゲハ蝶の蛹なんていうものは動かないし、音を立てたりもしないので、鎧なのかシェルターのように身体を包ませた蛹もの内部で本体が元気に過ごしているのかどうか分からない。
僕が虫籠内の過度な乾燥に気が付いた時には既に蛹たちは息絶えていたのかも知れないし、本当は春先まではシェルターの中での楽しく過ごしてのかも知れない。
ただ、春の盛りが来てまもなく名残の春を迎えるというのに、蛹たちは沈黙を守ったままで、彼らには春がやって来なかったのだと思った。