豆の美味い時期に、そんなに美味くもない豆を食べる

晩春の味を楽しむ数日が続いていた。

5月は僕の中では夏と捉えるようにしていて(これは初夏なのだけど…)、夏を迎えたのに春の味覚を楽しむのもチグハグなことだな…なんて思いながらも、やはり実体験によって培われたその季節の味というものはなかなか意識を変えることが出来ない。

そんな訳で5月に入ってから春の味覚を楽しむばかりなのだけど、豆の美味しい季節を迎えた。

「豆」なんて言ってもその範囲は膨大で、小豆やら大豆、そして豆の形を残している加工品である納豆なんかも含めると「一体どの季節が豆の旬のなのか?」分からなくもなるのだけど、僕の好きな豆は緑色したやつのことだ。グリーンピースに始まり空豆、枝豆、なんならスナップエンドウやら絹さやのことを指す。

後者の2つの旬はよく分かっていないのだけど、やはり空豆やら枝豆は初夏〜盛夏にかけて比較的長い期間、毎年賞味している。

今夜は早い時間に仕事を終えて帰宅してから、早速空豆を茹がいて冷たいウイスキーとともに楽しんでいるのだけど、今日の空豆はそんなに美味いものでもなかった。

基本的に空豆を食べるときには「僕は一般的に茹で過ぎ」と言われるくらい茹でたものを食べる。しっかりと茹でて、皮の青臭さとともに柔らかくなった実を皮と一緒に食べるのが好きだからだ。

そんな訳で僕が自宅で食べる空豆というものは「鮮やかな緑色」などしているわけもなく、多少白っぽく見た目では完全に茹で過ぎのもなのだからして、写真を見た方も「これは美味そうだ」とは思わないだろう。

しかし、そんな見た目とはそんなにも関係なく、それなりに美味い空豆を今シーズンも既に何度も楽しんでいるのだけど、今夜のやつはそんなにも美味くなかった。

今夜食べているものは「訳あり空豆」として、安価に売られていたもの。「皮が黒くなったので安くしています。味はいいよ!」みたいな文句が添えられて売られていたものだけど、空豆に限らず安い食材に目のない僕は迷うことなくこいつを買ってきた。

空豆の美味しさはとにかく鮮度抜群なことで、この豆は摘み取られてからの劣化が早い」というようなことは、過去に何度も何かで読んだこともあったのだけど、売られている空豆の価格はその鮮度を反映してなのか非常に値段差が大きい。

高い空豆を買うと本当に高く、大口を開けて食べるのも忍ばれるほどなので、僕が空豆を食べるのは大抵それなりに安い空豆を見つけた時だ。

今夜の空豆はやはり価格に比例してその美味さにも難のあるものだった。しかし、完全に負け惜しみではあるが、こうした不味い豆に出会うのも旬ならでは…と思いながら、豆を肴にウイスキーを飲み進めている。