datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

懐かしそうなこと

5月の最終日である昨日は東京、池袋に出向き、高校の同窓会に出席した。

去年の夏に高校の卒業してから初めて参加した同窓会が割と面白かったが、それは僕の学年が幹事担当のため大勢の同級生が集まったからである。昨年と比べれば大幅に参加メンバーが減るはずの今年のものは「会費と時間に見合うほどのものではないから欠席しよう…」と考えていたが、今年幹事をやる一級下の後輩に強く誘われて出席してしまった。

僕の同級生は20人近く集まっていたが、顔や名前も知ってるというレベルの人もいれば、顔も名前もよく知らない同級生もいた。「おお!お前か!懐かしいなあ…」なんてはしゃいだトーンで話すことなどない会合だ。強い懐かしさを感じることもないものなのだ。僕にとっては「悪い会ではないけど特に楽しいものでもない」という感じだった。

さて、昼を挟んで開かれた同窓会の後で「仲の良いブラバンの同窓生だけで集まる同窓生みたいなもの」に参加した。こちらがメインの用事で、このために僕は上京し、そのついでに高校の同窓会にも出席したのだ。こうした同窓会の話はまた別稿で…。

さて、昨日は昼前から強かに酒を飲み続け、夜10時過ぎくらいに息子の下宿に行き、もう酒は入らないので少し話をしてからスカッと眠った。

翌日の今日は朝から息子とともに散歩に出掛け、そのついでに電車に乗り込み、都内北西部をうろついて川越を訪れた。

20年前、僕は練馬区に住んでいた。20年前だと息子は2歳。その頃、川越にマルイだったかなんかの子供服を売っているところにクルマでやって来た記憶がある。

「川越に来たことはある」というだけの記憶なので懐かしくもなんともない。電車で来たのも初めてのはずなので、川越、川越市本川越と紛らわしい駅が複数あることには驚いた。あとはよくある地方都市という感じで、時々古い町並みを想起させる白壁の建築物を見たりしたが、チェーン飲食店が立ち並ぶ「地方でよく見る光景」だった。

そんな川越を訪れた目的はラーメン屋だった。

大勝軒というラーメン屋は全国的にも有名なので名前を聞いたことがある…という人も多いのでないか。ただ僕たちが訪問したのは「多くの人が知っている大勝軒」とは別のルーツを持つ大勝軒なのだ。

煮干の香りがするすっきりとしているけど奥行きのあるスープ。たっぷりの麺となみなみのおつゆが美味しい「こっちの大勝軒」は有楽町の店によく行っていたのだけど、残念ながらその店は潰れてしまった。もう2年前のことだ。

なくなってしまったもの仕方ないのだが、有楽町の店がなくなってから「同じ系統の味がする他の大勝軒に行こう」と考えていた。

実は去年の秋、その総本山となる永福町の店に出掛けたのだ、ものすごく行列が出来ていたので列に並ぶことすら迷わずに帰った。そして、今日こそは…という思いでネットで調べると保谷と川越に暖簾分けされた店があるとのこと。保谷の店は日曜日が店休だったので川越に向かったのだった。

丼というよりも洗面器みたいな雰囲気の大きな器によそわれたラーメンは美味しかった。煮干の香りがプンとしたおつゆは火傷しそうなくらいに熱かった。

ここのラーメンは「中」として売られているものが1.5玉とのことだった。ラーメンの麺の一玉って「基準となる定量」はあるのだろうか?一玉でいいように思ったが、それならば「小」を頼むことになるし「小ラーメンって言えばチャーハンなどと一緒に食べればちょうどいい量のやつではないか?」とも思ったので「中」を注文した。

ここで初めて知ったのだが、永福系統の大勝軒はその麺をすき焼きのように生玉子を絡めて食べても美味しいそうだ。京都の新福菜館も真っ黒いおつゆに生玉子落として食べるの美味しかったなあ…なんて思い出したりしながら、生玉子も一緒に頼んだ。

さて、生玉子ラーメンの味だが、不味くはない。しかし、ここのラーメンの美味さは麺やスープがめちゃめちゃ熱いところに支えられているように思った。その美味さの身上である「熱々さ」が冷たい生玉子によって損なわれるのだった。

そしてもう一ついうと「ここの店の麺が柔らかくて美味くない」のだった。ラーメンを食べる時の楽しみの一つに麺の歯応えというものもある。スープとの相性や麺自体の太さや味によって硬さも色々とあるが、今日食べた麺は歯が触れると簡単にバラけてしまうような柔らかさで、シコシコとした歯応えなどは一切ないものだった。

こうした麺を冷たい生玉子に浸しても、ただただ麺が冷えてズビズビと食べ易くなるばかりで、麺の柔らかさを増長するだけのように感じた。

とにかく麺の柔らかさだけが残念な店。あれがもう少し歯応えあれば「また来よう」と思うはずなのだが、もう来ることはないように思った。

そう言えば、隣席では息子が僕と全く同じものを食べていたのだが「レンゲの上でミニラーメンを作って小賢しくそいつを食べたり」「レンゲの脇から人に聞かせるために出しているのでないか?と思うような爆音を立ててスープを吸い込んだり」していなくて安心した。