先日、久しぶりにスパゲッティを作った。

スパゲッティという食物を食べるのも好きだし、作るのも好きだ。いや、「だった」という過去形か…。そいつを今は嫌いになった訳ではないのだが、昔ほど作ることも食べることもなくなった。
昔から変わらない基本姿勢として、僕は「スパゲッティは自宅で食べるもの」と思っている。外のイタリア料理店で食べるものも美味しいものがある、クラシカルなスタイルの洋食屋で食べるナポリタンも美味しいと思う。しかし、どうでもいいものをそれなりの値段で出してくるどうしようもない店も割とある。
美味い不味いは別としても、外で食べる値段を出せば自宅でも充分にしっかりとした具材を用いたスパゲッティを楽しむことが出来る。いや、価格的に見るならばそれにアンティパストかワインをつけることも出来るだろう。
味の良し悪しが気になるのならスパゲッティ調理の腕を磨けばいいだけだ。スパゲッティは料理初心者にも「味の勝因敗因」が分かりやすいし、調理過程での影響を捉えられ易いのだから、その出来を反省しながら楽しめる…という点は「実にホビー的な料理」だと思っている。
さて、そんなスパゲッティであるが、沼津に来てからその接触頻度は減っている。夕食に飯やら麺の炭水化物をあまり取らないようにしていることもあるが、酒を飲みながらの夕食にスパゲッティが登場しても冷めてしまうし麺が伸びてしまうのだ。
支度した料理を酒とともに、そして音楽を聴きながら莨をやりながら「ゆったりとした時間を過ごすこと」に重きを置いて楽しむ僕の食卓にはそんなに適していない献立なのだ…ということにこの数年で気がついた。
御飯や麺という炭水化物を欲しがるガキどもと食事をしていた頃には重宝する献立だったが、一人で食卓につくことが殆どである現在はスパゲッティの出番がなくなっていくのだった。
…というスパゲッティ事情ではあるが、今回はこの時期ならではの要因があって、久しぶりにそいつを作って食べることになった。

去年の秋の終わりとこの春先に二期作のような塩梅を期待して種を蒔いたイタリアンパセリの生育が順調過ぎたのだった。
スーパーで買えば「少しの量なのに大層な値段のするイタリアンパセリ」が「一般の五十男一人の食卓での消費量」を遥かに超えて収穫出来るのだ。嬉しいことなのどけど!
放っておけば次第に古い葉から黄色く枯れていくパセリをセコい僕は放っておくことなど出来ず、花束のような量のパセリを摘み取り料理にした。

「香草として料理に使う量」を大きく上回るパセリだが、そのカサを減らしつつパセリの持ち味を活かすことが出来る料理として挽肉とトマトと一緒に煮込んだのだ。

大根の間引き菜を菜飯のタネにする時のような「パセリが主役のトマトソース」。挽肉もニンニクも缶詰めのトマトですらも脇役になりそうなものだが、これも悪くはない。
作ったソースの8割くらいはタッパーに詰めて冷凍にして残りの2割くらいに冷蔵庫に残っていたピーマンやらインゲンを加えてスパゲッティにして食べた。

ベランダ菜園と僕のウチの冷蔵庫、それぞれで美味しくいただくべき賞味期限の限界を迎えつつあった食材による「窓際族が一堂に介したスパゲッティ」だったが、これも美味しいものだった。

慎ましやかでありながらもイイ料理だったが、仕上げに加えたブルーチーズ(これも窓際族寸前の冷蔵庫在庫品…)の活躍が素晴し過ぎて、ソースを絡めた麺や具材を食べるよりもブルーチーズがかかったところに夢中になり、気がつけばそいつを肴に酒ばかり飲む夜となった。
案の定、半分くらいは残してしまい、そいつは翌朝、出勤前にレンジで温めて食べたのだけど、そんなに美味しいものではなかった…。当たり前か…。