5日間に渡る旅から帰宅したのは昨夜の25時過ぎだった。

18切符の使用期間が昨日までの5日間だったので昨夜の帰宅となった。これが昨年までのように「任意の5日分乗り放題」だったら夏季休暇最終日となる今日まで旅に出ていたのかも知れない。
昨夜は静岡県に戻ってきたらすぐに酷い雨で列車が遅れ、遅れまくった最終電車で沼津に帰ってきた。古い記憶になるが18切符の使用日進法は0時〜24時までの24時間を1日とするものだったはずだ。
このため、東京から西を目指す場合には「川崎を0時過ぎに発つムーンライトながら」に乘れば一日で東京から九州に上陸することも出来た(ように覚えている)。
昨夜は列車の遅延もあり、沼津への到着が25時くらいだったから「日を跨いだ分の追加料金」を取られたら嫌だな…と心配していたが、そんなこともなくすんなりと改札を通してくれた。…つか、25時過ぎにも改札に駅員がいることに驚いた。沼津駅って都会の駅じゃん!って。
さて、旅の終わりというものはあまりにも呆気なく儚いもののような気がした。
昨日までは数日間だが来る日も来る日もどこに出掛けて何を食べようか?と移動の日々で、「何かを活動的にこなして無駄な時間をなくそう」ということが自然だった。見るもの接することの多くが非日常で「ああ、僕は旅に出ているのだなぁ」なんて小学生が日記に書く感想みたいなことを率直に思う数日だった。
昨日の夜遅く、厳密な日付で言うならば今日の未明に沼津に戻った瞬間、楽しかった旅の時間がいきなりスイッチを切ったかのように「普段の生活」に戻ったことに驚いた。懐かしの故郷に帰ってきたという感じもなく「あ、ここは僕の普段の生活を送る普段の町だな…」とボーッと思う感じだった。
えっ?こんなにすぐに日常モードに戻るの?…そんなことを考えながら、久しぶりの自分のベットで眠りにつき、眠りにつきながらも「ああ、これでこの夏の旅は終わったんだな…」なんて考えていたら、すぐに記憶がなくなった。
今朝、目が覚めたらいつもの自分の部屋でのいつもの生活が戻っていて、なんだか寂しかった。しかし、旅の楽しさは「どっぷりと旅の中にいる時」にも大きいのだけど、旅を終えてからそれらを反芻して思い出を楽しめるということも大きい。
いつもの日々の生活を楽しむ努力をしながら、そうした「反芻による旅の楽しさ」もここに記しておこうと思う。