高知市から太平洋沿いに南東に進んでいくと足摺岬に着くのだけど、そのずっと手前に「四万十町」がある。
高知から愛媛県南部に抜けて宇和島を経由して松山方面に向かい、そこから香川を目指して四国からの帰路につこうと決めた。ガキ2人を従えた今回の旅は「個人の旅行ではこの先行きそうにないところに行っておこう。それこそが『我々3人の旅』ではなかろうか!」というものだったから。まあ、これも行き当たりばったり旅の長い鈍行列車の車中で話して決めたことなのだけど…。
伊予と土佐を結ぶ「予土線」のワンマン列車、そいつの宇和島行きが出発する「窪川」という駅は5年前の旅の際にも訪れた駅だ。…つか、その時は僕の一人旅だったが、ここで数時間の足止めを食らった。
本数の少ない普通列車か行来する中で分水嶺のような駅なのだろう。窪川と宇和島を走る列車は本当に少なく、高知から2時間かけてやって来た窪川で3時間くらい待つことになるのだ。まあ、5年前も行来は逆だが同じような感じだったので特に驚かないし、駅周辺も「The田舎」という感じで僕は好きな場所だった。
さて、窪川という町(というか村)は「The田舎町」であるからして、昼下がりにやっている飲食店などほとんどなく…というか飲食店自体も駅の売店みたいなところしかなく、存続しているのかどうかも分からないような店の廃墟というか空家ばかりのところだ。
町の中をぶらっと歩いた後、唯一ちゃんと営業していそうな鰻屋に入った。



ビールを飲み、肝の佃煮をつつき、鰻丼を食べる。肝の佃煮なんてビールのつまみに頼んでいることなど分かりきったものだと思うのだが、ビールが終盤に差し掛かっても出てこず、遂に飲み終えるかというあたりで佃煮が出された。
ここは「佃煮の支度が出来てからビール出して」と注文しなくてはならないタイプのホスピタルでに欠ける店だった。この店に来ることは距離的にも、もうないだろうけど今後は気を付けたい。
あと「四万十うなぎのポスター」がベタベタと貼られていて「四万十うなぎ㈱」なる会社がやっている鰻屋だったので、四万十川の鰻を出しているかと思ったらここで出しているのは普通の国産の養殖鰻…ということにも驚いた。

知識と経験が豊富な社員が全国の養鰻場に実際に足を運び、目利きをした上で仕入れをおこなっております…だそうだ。
あのひなびた町の一角で、古くから親しまれているような佇まいでやっている鰻屋だ。店頭には「四万十うなぎ」のポスターが貼られているのだから、当然のように四万十川産の鰻なのかと思う人も多いだろう。
「四万十うなぎのポスター」はあくまで「四万十うなぎ㈱」という会社の宣伝ポスターであり、四万十川産の鰻を食べさせていますよ…という訳ではなかったのだ。
阿漕なことしやがって…なんて思ったりしたが、鰻に慣れていない僕たち父子3人は「うまい、うまい…」と喜んで丼メシをかきこんだ。鰻なんて滅多に食べないものなのだから、四万十川産であろうがなかろうが、なんなら中国産でも喜んで食べるのだ、我々は…。
鰻の味の違いないなど分かっていない馬鹿3人ではあるのだけど、白飯については一応うるさい。下宿しているガキどもも文化鍋で炊飯しているし、その親である僕は「大方の飲食店の白い飯」は不味いものが多くて、この料理(オカズ)を俺の炊いた飯で食べるとどれほど美味しいか…と思ってばかりいる。
定食屋なんて「飯とおつゆが土台。オカズはそこで煌びやかを出すアイドルみたいなもん」と思うのだけど、この土台を軽んじている昼飯屋が多いように思う。
閑話休題。
そんな我々がここの飯の美味しさには驚いた。蒲焼の下に隠れ、そのタレの染みた色付きの飯になっているのだが、先に白い御飯だけで味見させてもらえば良かった…と思う程、美味しい御飯だった。
「鰻屋は鰻と飯だけでの勝負ですから…」と都度都度、羽釜で飯を炊く鰻屋に行ったことがある。銀座の裏路地にある当時は比較的安価だった鰻屋だ。それはもう何年も昔のことだが、その後も数回は鰻屋に行ったことがあるが久しぶりに感じた「鰻屋の飯の美味しさ」だった。

今日のこの文章は「もう10日も前のこと」を旅から戻って普段の生活を送っている今になって書いている。だから「その時の気持ち」というより、すでにこの夏の旅を俯瞰で見てそれを思い返すような状態だ。
ただ、旅の後半に鈍行列車の中で「この旅で食べたもので何が美味しかった?」という話をガキどもとしていたら、両者ともに「四万十の鰻!」と答えていた。
そう言えば、ここの蒲焼は頭もついて供されたのだが「この頭のところは半助つってね、切り落とされて頭だけのやつが安く売られているので、そいつを豆腐と炊いて食べたりするのですよ…」なんて、おっさん知識をひけらかしたりしていたのだけど、長男はその頭も「いやいや、あまりに美味かったから…」と完全に食べていた。どれほど粗略したのか?いや、奴は欠食児童なのか?という塩梅…。
ガキどもの鰻礼賛に対しては「うむ、しかしアレは四万十川の鰻ではなかったのが残念だ…」ということも言ったのだが、若い二人はそんなの関係ねー!とばかりに鰻の味を脳内反芻している様子だった。
彼らと比べれば僕は外の店で鰻を食べる機会はある。そのほとんどが諸会合費用を利用した「接待昼食」なのだけど、そんな経験もない彼らにとっては「外の店で鰻を食べた」ということが大きかったのだろう。
ケチ臭い自宅料理ばかりを「最高に美味しいのは自分で作って、自分で寛げるウチで食べるもの」という信念は揺らがないのだが、「たまには外の様子に接させてやらんといかんな。それもバイト学生ではそんなに食べそうにない鰻とかは…」と僕のケチ臭ささを半ば反省するような気持ちになる鰻の味だった。