ここ最近のブログには、この夏の旅のことを僕自身の備忘録のように書いているが、それは「どこの旅先で何を食べたのか」みたいなことばかりである…。
旅に出ると、やはりそれは「普段の生活とは違うもの」なのだから、普段は感じ取れないことも多くあるし、何より旅の連れである息子と娘とも一緒にノロノロ列車にいるのだから普段の沼津での一人生活とは全く違う数日を送ることになる。
そんな旅の道中にはガキどもともその父親としてとの二者面談のように将来のことやら彼らの人生について話すこともあるのだけど、このブログに記しておくような「毒にも薬にもならん」ような話題を選ぶならば、やはり「道中で何を食べたのか」ということばかりになるのだ。
何も僕たち父子は鈍行列車に乗って、田舎町のひなびたメシを食べるだけに旅に出ている訳ではないことを拙文を御覧になる皆様には御理解いただきたい…。スミマセン。
しかし、今回は「メシではない話題」をこちらに書いてみようと思う。
さて、四万十川を沿うワンマン列車に乗り込んだ僕たち一行が目指すのは愛媛県の宇和島だった。

これは8/14(木)に僕たちが移動した軌跡。大した距離ではないのだけど、鈍行列車での旅をしていると「僻地に行くほど列車の利便性も飛躍的に失われる」のだ。なので大した距離を移動しなくても一日は過ぎていく…。
さて、これは僕が考えている説なのだが「時刻表など気にせずに駅にさえ行けば何かが来る」というのは大都会。そして「時刻表を気にしなくても駅に行けばどうにかなる」のが割と都会。「時刻表を気にしながら列車に予定を合わせる」段階で割と田舎町。そして「数時間に一本しか来ない列車を待つのかそれを無視して車で移動する」のはド田舎…というふうに捉えている。
日々の生活と離れて、尚且つ「この先も個人的には行きそうにない町に行ってみよう」という我々父子のこの夏の旅を設定した。前述の捉え方で言うと「ド田舎」を狙って移動しているのだから、この旅での列車ダイヤの不便など「いやいや、我々が望んだことですから…」という感じなのだけど、ノロノロ列車はやはり辛い。


高知の田舎町の窪川から宇和島を目指す僕たちが乗ったのは「カッパうようよ号」なるものだった。…遠野物語の舞台でもないくせに、本当どうでもいいことだ。
これは「四国を移動していて思ったこと」なのだが、四国の列車に限らず「日本、それも田舎町を走る列車についてやたらにキャラクターを押し出した列車が多い」ということが気に入らなかった。

我々の乗った「カッパうようよ列車」に限らず、やなせたかしのキャラをビシビシにデザインしたものとか駅でのオブジェとか、とにかく至る所に「僕にとってはどうでもいいキャラクタービジネスの産物列車」みたいなのを目にしたのだ。
こうした「企画モノ列車」を作ったら本当に乗客は増えるのだろうか?随分と気合を入れたキャラ鉄オタクみたいな人もいるだろうから、何もしないよりも乗客収入は増えるのだろうけど、その乗車料金よりも「版権を持つプロダクション」に支払う金の方が多いのではないか?…と思った。
今回の旅でも鈍行列車に乗りまくったが、JR西日本管内に入った途端にやたらに「やなせたかし推し」が凄いし、氏の出身地である高知に着くまでに「うんざりとするほどの『やなせたかしキャラ』」を目にした。
NHKのドラマに起用されるのは大きな商機なのだようけど、各企業ごそこにばかり注力していて本来、アピールするべきであるその町の食物風土についての宣伝を捨てているようにすら感じた。四国旅行に「過分な『やなせたかし推し』」は僕たちにはウザいものでしかなかった。
キャラ列車とかそこらの駅に置かれまくったオブジェなんて別にどうでもいい。そんな喧伝に金を払ったところで、本当に潤うのは「田舎町とは関係のない東京でキャラ商売をしている版権を持つ会社」のはずなのに…。
そして「そんな版権を持つ会社」はあたかも町おこしの決定打だったり、我こそが現在の救世主…のように「自社の稼ぎ頭であるキャラクターをそのキャラクターが町を盛り上げる意識でも持っている」かのように、資金源となる行政やら周辺企業に町おこしのボランティア」的にその権料を売り込む。
ボロい商売である…。2次元キャラクターに意識などある訳もなく、その意識というのは「権料で金を儲けたい企業」の思惑なだけなのに!
…って、今回の旅で感じた「田舎町からキャラクタービジネスで版権元が金を巻き上げる功罪」は僕の住んでいる沼津で常日頃から感じていることだ。
僕の住む沼津という町も「ここ数年はオタク対象の町おこし」に尽力している。サブカルと呼ばれるアニメなどのコンテンツはやはり「サブ」に過ぎない。本来の「その町の産業の魅力」をサポートしない町は早々に廃れていくのだと思う。
しかし、役人のやら企業人の多くが目先の話題作りに走ってくだらん経済活動しかしないのは日本全国どこも一緒なのだな…なんてことを鈍行列車で考えていた。
鉄道会社は車内空間の快適性とかダイヤの利便性とか、あるいは時間待ちするところならば駅舎の待合室に力を割く…そうした本分を棚上げした変なサービスばかりであることを寂しく思う。