datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

秋刀魚の秋…って、まだ暑いが。

旅から帰ってきてからはなんだか慌ただしい日々を過ごしている。

それは仕事だったり全くの遊びだったりするのだけど、土日を含めてやらねばならんことが多く、「好き放題にのんびり過ごせるのに忙しく旅を楽しんでいた数日前」のことが随分と懐かしい昔のことのように感じる。

昨日は首都圏でも少しは暑さも和らいだ日だったようで、仕事帰りの19時過ぎ頃に歩いて帰宅していると流れてくる夜風も少しだけ心地よく感じた。

まだ暑い日は続いているが、やはり夏は終盤を迎えていて秋が少しずつだけど存在感を表し始めているのだろうと思った。とうに立秋を迎えているから、暦の上ではもう秋なのだけどね…。

さて、旅から戻ってきてから、僕の住む沼津の貧弱スーパーにもどうしたことか「割と立派な秋刀魚」が売場に並んでいるのを目にした。

ここ数年、秋になったからといって「見た途端にコレを食べたい!」と思うような秋刀魚には出会っていない。痩せて貧弱な秋刀魚を見てもどうにも食指が動かず、去年と一昨年は秋刀魚の塩焼きすらやっていないような気がする。

しっかりと肥えていて「コレを塩焼きにすればどれほど美味しいだろうか…」なんて感じたのは10年ぶりくらいなのかも知れない。

…なんてことを考えていたら、テレビでも「今年は秋刀魚が豊漁」みたいなのを見た。

結構なことであるが、日本の漁業資源が乏しくなっているのは計画性のなさによるもの…という情報にも接するようになったから、これを簡単に喜んでいいのか?という気持ちにもなる。

僕自身は詳しくは知らないので断言出来ないのだが「場当たりその場任せに獲れる時には獲れるだけ獲り尽くして水産資源を育てることなど考えない…という無計画な日本の漁業姿勢が、今の日本の漁業の脆弱さを招いているのです」という話を、沼津に来てから仕事の取引先から聞かされた。

そんな情報を得てしまうと「今年の秋刀魚豊漁」も安易に喜べない気持ちにもなる。今年が豊漁だからと遠慮なく獲られた秋刀魚は来年以降はまた不漁になるのではないかと…。

さて、「今年は秋刀魚の当たり年」だからなのか、冷凍保存していた去年の大したこともない秋刀魚は商品価値を失うのだろう。きっとそんな訳で「冷凍物の古いやつ」がやたら安価に売られていた。5尾とか6尾で400円くらい。

古くなって人が見向きもしなくなるものはさっさと安い値段で売り払ってしまおう…という考えが売場の秋刀魚にも表れているのだろう。

売場で見かける美味そうな秋刀魚はまだ500円をくだらない。様々なものの価格が上がっている中でこの値段は適正なようにも思うが、秋刀魚一尾に500円は払いたくない。

300円になればすぐに買うのに…なんて思っていたら今年の秋刀魚の時期を逃してしまった…なんてことにはならないように、魚屋の視察は怠らないようにしながら、今年は秋刀魚を楽しみたいと思っている。