datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

弁当いろいろ

土曜日の今日は朝7時過ぎに自宅を出て、静岡でイベントの仕事だった。

イベント仕事だと現場で弁当が支給されることが多いのだが、今日の昼食の弁当も立派なもので「3種の弁当から好きなのものを持っていって食べてください」というスタイルだった。

ハンバーグ、唐揚げ、中華弁当というラインナップで、どの弁当もハイカロリーで見栄えのするオカズが満載で「現場の若手スタッフからは好評であるに間違いなし!」みたいなものだったが、そんなに美味しいものでもなかった。

ブログにこのことを書くのならば「僕が食べた中華弁当の写真」を撮っておけばよかったように思うのだけど、仕事中なので僕は写真を撮らなかったのだ…。

立派なオカズとボリュームが満たされたものよりも、貧相に見えても好みの味付けがされた「地に足のついたメシ」の方がいいように思うのも僕がジジイになったからなのだろう…。

味覚の成長は自己成長という点では結構なことだと思うけど「世の中の食物に接してケチばかりのつけるようになるので一概にイイことでもない…」とも思う。

そして、夕方前には急いで沼津に戻り「とある会社の取締役会」に出席した。これは立場上たまたま僕が取締役を拝命している会社の会議であるが、ここでも夜まで続くイベントがあったため、立派な弁当が振る舞われた。

僕は理由をつけて夜のイベントには参加せずに会議が終わったところでその場を辞したので、弁当もいただくべきではない意を伝えたのだが「弁当を余られることはSDGs的に良いことでないから、持って帰ってください」との配慮があった。ありがたいことであるが、申し訳ない気持ちになりながら、自宅でこいつをいただいている…。

白い御飯と炊き込みご飯、そして野菜の炊合わせ、鶏の照り焼き、太刀魚の西京漬、玉子焼き、すき焼き、そしてカツと海老フライ。香の物やハジカミもしっかりと添えられた立派な弁当だった。

これを自分で作ろうと思えばうんざりするほどの手間がかかるし、まず「それに取り掛かる」気にはならない。

いや〜、本当にすまないなあ…なんて思いながら、酒と一緒にそのツマミみたいに豪華弁当を楽しみながら、このブログを書いている次第…。きっと、この弁当の価格は1,800円くらいはするのだろう。このところの物価を鑑みれば2,400円とかするかも知れない…。

そんなことを思いながら、ありがたく弁当をいただいていたのだが、その掛紙に添えられている成分表みたいなのを見て驚いた。

数多くのオカズに彩られた豪華弁当ではあるが、そこには沢山の添加物も加えられており、アミノ酸調味料やら酸味料、着色料、そして保存料や漂白剤によって「見栄えのする化粧品」により上等に見せている弁当であることに驚いた。

女性が化粧によって化け、それに僕が騙されることは全く厭わない。それはやはり装いとか嗜みの範疇だと思うから…。見てくれを重視する市販の弁当においても女性の化粧と同様に鷹揚な気持ちを持つべきなのだろうね…なんてことを考えていたら、また、別の弁当のことを思い出した。

 

これは昨日、長女から送られてきたメッセージ。高校生の末娘のために「実家にいる間は弁当くらい作ってやれ!」と僕が命じたことによるものなのだが、昨日の新学期から末娘は姉ちゃんである長女による弁当を学校に持っていっている。まだ一日だけだが…。

全くの華やかさもない弁当に対して、それ以上に華やかさとは縁のない弁当を作っていた僕も一応の意見をした。

今日は昼も夜も、まさにナイト&デイで市販の弁当を食べる一日であり、僕が食べた弁当は「それなりに立派なもの」だったのだが、やはり何とも言えん物足りなさを感じる。

見栄えなどなくとも、ちゃんと作ったメシの方に魅力を感じるのは僕も本格的なジジイになったのだな、これも仕方のないことなのだ…と、自己説得する。