datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

下衆の食べ方

先週も慌ただしい一週間だった。月曜日、火曜日と夜になると送別会で付き合いのあった方々と楽しく過ごしていた。

日中は離任の挨拶で各所を動き回る。本来ならアポをとって先方の時間をいただいてから訪問すべきであるが、それをしていると訪問先なんて5分の1くらいに減ってしまう。

来月からは後任と代わってしまうのだ。別に東京からでも仕事のフォロー(なんなら仕事の作業自体)を出来るのだから、離任することの挨拶をアリバイ作りのようにしておくことを優先して動いている。

そして、木曜日と金曜日は東京での新任挨拶回り。両日とも夕方前には沼津に戻るというそんなに時間の長いものではなかったが、久しぶりの東京は当たり前だけど沼津とは生活テンポが違うことに気が付いた。

「気が付いた」なんて言ったって、東京の生活なんて分かっているのに、改めてそこで毎日を過ごすことを考えるとやはり「気付く」どころか「驚いたり」するのだった。

現在の「職場までは歩いて10分」「残業や接待会食は僅かなので19時以降はほぼプライベート時間」なんて生活は本当に金を使わずに日々を楽しく過ごせた。勿論、金を使いたくなるような誘惑や魅力的な場所もないのだけど、そうした刺激よりプライベートを優先したいおっさんにとって田舎での生活というのはとても幸せだったのだ…と今更のように実感した。

まあ、これも悲観的に見ていても「それで僕が幸せになる訳では無い」から、この先は「都会サイコー!」って自己暗示に務めるのだけどね…。

 

さて、金曜日は沼津での接待会食だった。

客の一人は品がなく、食べもしないものを次々と勝手にオーダーしていき、テーブルに乗り切らなくなったものを処理するかのように無理やり食べる…という最低な食卓となった。

一品目の刺身の盛合せはこちらで頼んでおいたものだが、それを食べきらないうちにエビマヨやらホルモン炒めが出てくるのだ。それらの皿がテーブルからなくなるわけもなく、まだ刺身が残っているのに秋刀魚の塩焼きが出てくる状態。

40〜50台のおっさん4人での会食だ。酒は沢山飲むが食物は少しでいいのだ。手を付けずに冷めていく料理の傍らに次々と出てくる料理。秋刀魚の後にレバ刺が出てくるという取り合わせや順序など完全無視した沢山の料理を残すことの罪悪感…。

もうこうなると料理の味などほとんど関係ない。提供されたものの本来の味などテーブルの誰も分かっていない。

そして支払う無駄な金。オーダーしておいて沢山の残り物を生み出した奴(客)は自分で飲みに行ってもこんな頼み方をするのだろうか?接待する側が支払うから…という理由だとしても、あまりにも無粋というか「美味しいものを求める資格すらない」ような奴だった。これは他山の石として勉強させてもらいたい。…って、そんなこと、勉強しなくても皆よく分かっているはずだけど。

先週は一週間イイ日が続いた。特に金曜日は秋らしさを感じる朝でとても気持ちがよかった。だからこそ、週末の下衆との会食は本当に残念な時間だった。これも仕事だとは言え、極力そういう奴とは一緒に過ごしたくないものである…。