休日になると近所に買物に出掛けるが、基本的にはウチの片付けをしている。
引越して来てからは「ずっと片付け」という状態なのだが、厳密に言うと「片付けるための設備作りをずっとしている」のだった。
僕の新居はとにかく「収納についてはアリバイ作りのような使い勝手もクソもないようなリフォーム」がなされている。
3箇所あるクローゼットには一つたりとも衣服をかけるバーはないし、それを後付でビス止めしたいと大家に申し出たところ禁じられる有様だ。トイレにも脱衣所にも特に荷物置き場にもならないような棚が一棚だけ備え付けられているから、大型の収納棚をこちらで入れることも出来ない。玄関にしても6足の靴を斜めに立てて入れることの出来る小さな下駄箱があるため、収納力もないくせにスペースだけは取る…という始末。
色々と記したが、これらはほんの一部であり、不便なところなどめちゃくちゃ沢山ある。「快適な生活を求める人の生活導線やら使い勝手」など考えられていないのだ。そんな「どうしようもないリフォームがなされたウチ」に僕は引越してきたのだった。
そのため、休日になると部屋の各所を採寸して、そこに合う収納用品を買ったり作ったりしているが、片付け作業も大分進捗が見られるようになってきた。7割方と言ったところだろうか…。
さて、昨日の土曜日も朝から「片付け(設備作り)作業」だったのだが、断捨離の一環として僕の古着を息子に与えた。
20〜30年前に穿いていたビンテージジーンズ(レプリカ)などの捨てるに捨てられなかった好きな服なのだが、その中にはアディダスのジャージもあった。3枚葉っぱの紺のジャージだ。

子供の頃から「アディダスといえば三つ葉、天才ゴールキーパー若林源三も愛用しているではないか…」と思っていたブランドロゴが、大学生の時に「三角形のえらくダサいもの」に変更されたことに気が付いた。これはいかん…と急いで三つ葉のロゴのジャージを買ったものが30年の時を経て息子のものとなったのである。
ジーンズは腹が出たために入らなくなったものだが、のびのび素材のジャージが着れなくなるということもなく、大人になってからもたまには着ていたのだが「いい歳をこいたおっさんがRun-D.M.C.でもあるまいし…」と恥ずかしくなって着なくなってからもう何年にもなる。…つか「アディダス→Run-D.M.C.」という発想自体がおっさんどころではなくジジイなのだろうね…。
…と、そんな断捨離を行いながら夕方前には足りない片付け用品を買うために後楽園のダイソーに出掛けた。
一月前まで住んでいた沼津と違い、東京では人の少ないところなど少ないのだが後楽園は多くの人でごった返していた。そんな雑踏を歩いていると、すれ違う人の多くが「今朝、息子に与えたのと同じようなアディダス」を着ていることに気が付いた。
その数は夥しく、最初は「えっ、なに?今更あのジャージが流行ってるの?俺買ったの30年前だよ…」なんて思ったりもしたのだが、5人に一人くらいの割合ですれ違う大勢の着用者を見るとこれはコントのワンシーンなのか?と思ったりもした。
…と、よく見ると本来三つ葉マークのは入っている左胸に三つ葉マークはなく「oasis」のロゴが貼り付けられているではないか!
そうだった!ギャラガー兄弟が日本に来て東京ドームでライブをやるのだった…と今更ながらにオアシスのことを思い出した。そう言えば、兄貴だったか弟だったか知らんがジャージ着てたな…。


すれ違った人を振り返って見ると一様に「live’25」のデザイン。オアシスのツアー便乗商品の目玉がアディダスのジャージだったことを昨日「多量の現物を目視して」初めて知った。

そして後楽園の駅から東京ドームに向かう通路にはこれまた便乗セールスの露店(?)が広げられていた。

雨の人混みの中を自宅に帰りながら、「時代が追いついた…なんてわけなどないが、今更のようにあのスタイルのジャージとはね…。でもアレはカッコいいジャージだよな。捨てずにいてよかった。」となんだか笑えるような気持ちになった。
そして夜。バイトから帰宅した息子に「父からのプレゼント」として特別ロゴを与えておいた。これから一週間はこのジャージで出掛けるように命じておいたので、アディダスジャージ(オアシスモデルDIY仕様)の兄ちゃんを見かけたら僕の息子だと思ってください。
