大晦日の夜には娘2人がやって来た。
夕方までのバイトを終えた長女に次女が交流して19:20くらい、ちょうど紅白が始まる頃に彼女らは我が家に着いた。
大晦日の献立は白菜漬、胡瓜と人参の糠漬け、刺身こんにゃくと酢味噌、明太子、天麩羅(海老、蓮根、春菊、牛蒡、あおり烏賊)、年越し蕎麦。
字面で見れば大したこともないし、分かりやすい高価で豪華な食物を好む人から見れば尚のこと大したこともない食事に見えるだろうが僕たち父子にとってはしっかりとした御馳走だった。

我が家に家族が集まる時、天麩羅は人気献立なのだが、あれは揚げる係(僕のことだ)が会食に加われず「食べている奴らばかりが嬉しく楽しい」のが問題だった。そんな背景から僕しばらく天麩羅を献立に加えることをやめていた。
こうした「揚げ手の孤独問題」を回避するために世の中には「一挙に全ての天麩羅を揚げてからまとめて大皿で食べさせる」という手段をとる人もいるのだが、あれはいただけない。先に揚げた天麩羅は冷めてしまうではないか。
天麩羅を揚げる時に敢えて余るほど沢山揚げておいて、翌日、残って冷たくなったものを天とじ丼なんかにして食べるのも美味しいけど、それは前日にも熱々の天麩羅を楽しんだ後での余録であり、冷めた天麩羅を端から出すということは冷えてチーズの伸びなくなったピザを食べさせるの同じことだと思う。
そんな手間がかけながらもわざわざ自分は殆ど食べられない天麩羅(これは熱々のものをということ)を作る…ということを馬鹿らしく思っていたのだが、やはり子供たちの喜ぶ姿には変えられないだろうと考えて、大晦日は天麩羅を揚げに揚げまくることにした。

予想のとおり、この夜、僕は天麩羅を揚げてそいつが熱いうちに皆に振る舞うばかりで途中、酒と莨はガンガンにやるが、腰を据えてものを食べることなど殆どなく過ごした。このため、食物の写真は僕が撮ったものではない。僕がテーブルについてこの角度から食物を見たのは最後の年越し蕎麦だけだ。
しかし、これも楽しいものだった。
前述の通り、酒を飲みながらライブキッチンとして料理を出していくので、テーブルからは近くにある台所から話をしながらの支度となる。
日々漬けている漬物の仕上がり具合やら手作りしてみた明太子の感想やら改善点について各々喋り、天麩羅が揚がれば「親の仇ように食べろ」と言い合いながら食べる。
大して金のかかるものではないが大層な御馳走だった気がした。これは僕が支度したことによる手前味噌みたいな効果もあってのことだろうけど、皆で笑って喋りながら食べたことが大きく作用していたのだと思う。