datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

弁当

昨日は花見に出掛けた。

ウチから近いところに上野公園がある。チャリンコで出掛けて上野の山の麓で息子と娘と合流したが、ものすごい人だかりだったので上野公園に行くのは諦めた。全国的な報道でも花見の地として有名なところなのだから、そりゃ多くの人がやってくるだろう。

そもそも昨日は花を見に出掛けるつもりではいたが、純粋に咲き誇った桜を眺められればいいと思っていた。ただ、それとは別軸で息子と娘と3人揃って夕食を食べようとも思っていた。ならば、弁当を作って花を見ながら食べればいい…と考え、弁当をこしらえてから夕刻に花見に出掛けたのだった。

なんでこんなに混んでるんだよ?…と思うほどの人。それは僕たちのような奴らがその場所にやって来るからだ。人混みが嫌ならウチから出なければいいだけなので、自分から人混みに出掛けておいてそこに文句を言ってはいけない。

よく、ゴールデンウィークなどに観光地とか高速道路で「いや〜、混んでいて堪りませんね…」みたいな観光客などのインタビュー紹介をやっているが、「お前が出歩くから混雑するんだよ。嫌ならウチでじっとしてろ!」と思えてならない。混んでるのが嫌なら人のあまり来なさそうなところに行けばいいのに…。

さて、昨日は上野公園を諦めて不忍池の傍で弁当を広げた。弁当箱に詰めたオカズは途中の自転車のカゴの中で揺すぶられてしまったのかグシャグシャになっていた。残念。

昨日の弁当には息子の卒業祝いという名目で赤飯を炊いた。これは名目だけで、卒業が特にめでたい訳でもない。いや…もはや名目でもなんでも無いように思うが、ずいぶん前におこわを炊いた時の餅米が残っていたから、それを使い切りたかったのだ。

不忍池の傍にも多くの花見客がいた。10人くらいの集団で大がかりな食物を持ち込んで酒を飲む人たち、コンビニのホットスナックと缶ビールを楽しむ若者など。僕より少し年上とみられる貧相な格好をしたジジイ、ババアの集団は大きな音で懐メロを流し、大声を上げて一緒に歌っている。「恋に落ちて」とか「川の流れのように」とか。

彼らを見ていると、僕たちはなぜここで弁当を食べているのか?と不思議な気持ちになった。

ここで弁当を食べたからと言って特に桜が綺麗に見える訳でもない。外で弁当を食べると普段と環境が変わって新鮮な気持ちにはなる。しかし、それは「こんなに混雑した不忍池の傍」じゃなくてもよかったのだ。

人の少ない普通の公園にだって綺麗な桜は咲いている。そんな場所の方がゆっくりと桜の花に対峙出来るだろうし、弁当だって少しは美味しくなるはずだ。

世の中にはガヤガヤとした雑踏やごった返した人混みに出掛けてこそ「外出して何かをやった」という気分になる人もいるだろう。とにかく「その行為の雰囲気を周囲から感じ取りたい」だけの人…。僕も何も考えずに上野公園に出掛け、何を見ているのかも分からぬ花見をするところだった。

人やらその賑わい、世の中の動きを見に行くならそれもいいだろうが、次から桜を見て手作りの弁当を食べたい時にはひっそりとした場所に行くことにする。