「春の味」って、別に春に限らず四季折々の味はあるし、「春」って大雑把に言ったが時期もそれなりに長い。
立春以降を春と呼ぶが、初春の味と春の盛りとか何なら夏に近い晩春の味は随分と違う。2月から4月のうちに食べるものは「僕のなかでは春の味」とカテゴライズするのだけど、とりわけ好きなのが山葵である。
このブログにも毎年のように書いているだろうし、そりゃ毎年それを楽しみにしているのだからブログに書くことだって当たり前の話なのだが、僕は山葵が好きだ。
しかし、今年は東京に越してきたこともあって山葵の入手は困難を極める。別に探し歩いてはいないが普段の行動範囲の中での10軒程度のスーパーやら八百屋では山葵を見ない。チューブのやつとか根っ子ではない、茎とか葉とか何なら花の山葵である。
昔、7年前に東京に住んでいた時に秋葉原と御徒町の間にあるハナマサで売れ残った山葵の葉が安売りされていたのを買ったことがある。
そもそもハナマサの中に山葵を扱う店舗があるとも思っていなかったのでとても驚いた。そして、それ以降、時期になれば山葵が売られていないか気にしていたが、それ以降、僕は都内で山葵の葉が売られているのを見たことがない。
そんな春の味の代表格を先日、沼津に行った際に買い求めてきた。沼津は伊豆の近くということもあり程度はそれほどでもないが山葵の茎が安価に売られている。本当は天城で買えば質も抜群で値段も驚くほど安いものが手にはいるのだけど、そのためだけに行くことはない。

沼津で売られていた山葵の茎は1把350円。大ぶりのものを5把買ってきて山葵漬けにした。…と言っても、漬けてすぐに食べられる訳ではないので「仕込んだ」というのか正しい。


買ってきた山葵は新鮮なうちに切り刻み、塩やらお湯やらで色々と仕込み作業を施す。
僕は葉も茎も柔らかい新芽のような山葵こそ極上品だと思っているが、沼津で手に入る山葵は茎なんてボキボキに成長したものだから柔らかさなどとは全く遠い。しかし、山葵を食べずに春を過ごすことを思えばやはり「ありがたい食材」なので一応ありがたくいただく、本当は妥協なのだがやむを得ん…。
そしてボキボキの極みのような根っ子に近いあたりは細かく刻んで塩漬けにしてから酒粕と混ぜる。こちらも山葵漬けであり、静岡では「酒粕で漬けた山葵」を山葵漬けと呼ぶ。しかし、あれは山葵風味の酒粕であり、山葵漬けと呼ぶからには山葵そのものを楽しむ醤油漬けの方が山葵漬けと呼ぶに相応しい。ただ、どちらもそれぞれの美味しさがあるので僕はどちらも好きなのだが…。

買ってきた5把の山葵は5瓶の醤油漬けになった。酒とよし、メシともよし。楽しみで仕方がないのだけど、喜んで食べたり食べさせたりしているとあっという間になくなってしまうのだろう。…つか、間違いなくあっという間になくなる。
もっと買ってきておけばよかった…と意地汚いことをすぐに考えてしまうのだが、足りないくらいが一番美味いのだ。味覚を研ぎ澄まして春の味を楽しみたい。