昨日(月曜日)の朝の出来事である。
僕は久しぶりに女子高校生のために弁当をこしらえた。
長女が高校生だった頃、彼女はその母親とバチ当たっては反抗的な態度を取り、そして徹底抗戦の構えを貫いていた彼女のために弁当を作っていた時期がある。
僕が娘のために作る「おっさん弁当」になんて特に誰も興味を抱かないと思うのだが、作り手として当事者となった僕にとっては印象深い出来事だった。
そんな長女も高校を卒業して3年も経つのだし、現在高2の末娘も彼女が高校入学する半年前に僕は沼津に越してきたのだから、末娘に日常的な弁当を作ってやる機会もなかった。
「美味しいと思えるものこそ、自作なのか自炊なのか…とにかく家庭で作られたものであって欲しい」というようなことを僕は考えているので、保存性やら弁当箱の容量とか、あるいは「一応女子高校生が持参する弁当なのだから…という見栄え」とか、とにかく色々と制限の生ずる弁当であっても「僕なりの食べるものを通じたメッセージ」として、末娘にも日常的に弁当を作ってやりたいと思っていた。
そんな機会は意外にすぐにやって来た。
日曜日の夜に沼津の我が家に遊びに来て、炊きたての御飯を3杯食べた末娘は「月曜日は朝から学校の夏期補講があって、その後の午後には部活がある」ということで月曜日の朝には我が家を去っていった。…が、これは「弁当を作りたいお節介な父親」としてはチャンスの到来であった。

朝から玉子を焼いて、塩漬けにして熟成させていた鰤…いや、ハマチを焼く。御飯は保存性を考慮してゆかりをまぶして赤梅酢と胡麻で味を調えておいた。

前夜にバタ焼きにした障泥烏賊も残っていたので、そいつは磯辺揚げにして「大飯喰らいの運動部JK」の胃袋を満たすような弁当をこしらえた。

昨日の朝の調理過程を思い出してここに記しているだけでも「こんなに食べるの?」というような盛り沢山弁当なのだが、末娘のリクエストもあり「そこに更に追加タッパーでの鶏肝のオイル煮」が加えられた。

出来上がった弁当は新聞紙に包む。
これは僕が小さな頃の「おばあちゃんによる弁当」に用いられていた弁当包装手法なのだが、我が家のこの手法を長女の弁当作りの時に僕は復活させていた。
朝から作った弁当のオカズの一部をつまみ食いしながら、朝食には前夜の刺身を湯漬けにしたものをサラリと食べた大飯喰らい娘はズッシリとした弁当をリュックに入れて、本当にサラッと沼津を去っていった。

未だに背丈が伸びているという彼女の肩幅は既に僕を凌ぐのか?…という程だ。背丈は168センチとのことで、まだ僕より低いのだけど並んで歩けば僕の方が小男に見えるはずだ。顔のデカさが違う…。これは悲しいことだが娘の成長は嬉しいものでもある…。
この日も勉強にスポーツに…と若さ故の馬力を力任せにナニかにぶつけるような一日を送るのだ。とにかく若い頃は腹が減るものだ。
そんな生活にはやはり「ちゃんとしたメシ」が必要なはずだ。自己満足に過ぎないのだけど、僕の弁当が大きなエールになればいいなあ…と思いながら、娘を見送る朝だった。