datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

梅を漬ける

今週のお題「梅」』って特にお題に従ってた訳ではない。先日梅を漬けたことを書いていたら、たまたまお題が梅であることを見つけたので、設定してみた次第。特に梅についてしっかりと書いておりませんが悪しからず…。

 

この数日、雨は降ったりするが気温は高くない。降った雨により湿度は高いのだろうが、涼しい気温のせいで蒸し暑さとか不快さは感じない。カラッと爽やかな訳でもないから快適ということもないのだけど…。

夜も涼しいお陰で我が家ではまだクーラーをつけていない。「今年はまだエアコンをつけていない」と書きそうになったのだが、冬には暖房をつけてのでいエアコン自体はとっくに稼働していた。「今シーズンはまだ冷房を稼働させていない」というのが正しい表現だ。

そんな気候のお陰で昨日の夜も一昨日の夜も寝苦しくない涼しさだったのだが、どうもぐっすりと眠れない。

アホのように酒を飲んでクタクタになって帰宅する日が続いていたせいだろうか?一昨日も昨日も酒を飲んでいるのだが、それは本当に健康的な量であり「アルコール麻酔ではない睡眠」がとれているように思う。すると眠りについてから2時間くらいで目が覚めて、そこからはしばらく眠れなくなっている。

昨夜は23:30頃に眠ったのだが、02:20頃には目が覚めてしまいそこから04:40頃まで眠れなかった。これは日中キツくなるぞ…と思い、7時前まで無理矢理眠ったのだが、この間はずっと夢を見ていた。

とにかく何か不安なことに対処するようなシチュエーションの夢で、夢の中でも僕は「これが夢であること」を分かっていて、なんでしっかりと眠らずにこんな夢を見てるんだよ…と自分にイラついたりしていた。

7時頃に目を覚まして夢の内容を反芻しようとしたら驚くことに全く思い出せない。何か困るような状況に追い込まれていたような気はするのだが、詳細は本当に記憶から消えていた。夢を見たことと夢の中で夢を見ることにイラッとしたこともしっかりと覚えているのに。

それを不思議に思っていたが、そんな夢をみていてもそれなりに睡眠欲が満たされていることにも驚いた。夢を見るという行為は「無意識化での脳味噌のバグ」みたいなものだろうから、スイッチの切れた僕の意識はちゃんと休息していたのだろう。

 

さて、そんな僕の睡眠状態とは関係ないのだがようやく梅を漬けた。梅自体はそろそろ流通しなくなりそうだったので一週間以上前に買ってきていたがそいつがまだ青かった。

数日追熟させたがそんなにも熟れていかない気がしていた。しかし、しっかりと黄色くなるまで寝かせようとしていたら、一部の梅が傷み始めた。

仕方がないので全てを塩漬けにしたのが一昨日のこと。まだ水はしっかりと上がっていないが、塩をまぶされた梅は少しずつ汗をかき徐々に梅酢も出始めている。今年は仕込みも遅かったのでこれらを干すのも土用ではなく、盆前くらいになるのかもしれない。

6月に入ってから…いや、5月の下旬から生活というか身体のリズムが崩れていて未だにしゃんとしない。だらしなく拡げてしまった胃袋や甘やかしてしまった食欲はなんとか矯正しようとしている。

そんなことを気に掛けながらも、梅のシーズンは過ぎていくし季節も移っていくものだ。梅雨が明ければ夏も終盤で8月の頭には立秋を迎える。日本の夏の象徴でもある梅雨はうっとうしくもあるが、しっかりと楽しまねばならんとも思う。

旧友たちと飲む

昨日の土曜日、僕は旧友たちと会っていた。

先週は会食での飽食が続いた。会食だけでなくこのところ胃袋をだらしなく拡げてしまったため、少し前よりも食べる量が増えている。満足出来ないような気がしてコンビニで買い足したりして食べるものなんて本質的に美味しいものではないことを分かっているのに、精神安定剤でも飲むかのように食べてしまう。そして、特に美味くもないもので胃袋を拡げてしまったことを後悔する…。完全に負のスパイラルに陥っている。

…と、どうにもしゃんとしない生活サイクルなのだが、昨日は予てからの約束だったので友人たちとの会合に出掛けた。自宅でものを食べずに身体を休めて過ごしたいと思っていたので本当に気が乗らなかったのだけど、結構前に僕が言い出したことだったので休むわけにもいかなかったのだ。

昼からは梅雨らしく少し強い雨が降り、雨の降る上野の安酒場で乾杯をした。雨が降れば昼から酒を飲む客も少しは減るのかと思っていたが、上野の昼飲み客は全く減る様子もなく人気の店はごった返していたのでどうでもいいような店で数杯の酒を飲んだ。

隣の客とも肩が当たるほどの狭さでなおかつテーブルも狭い。出てくるツマミというのも全く食指が動くようなものではなかったので少し飲んでから我が家に移動することにした。

御徒町の魚屋で酒の肴となる食材を買い、友人3人とともに我が家に向かう。普段親子で一緒に食事をしているし、職場の後輩がいきなり遊びにきたことなどもあったが、気の置けない仲間がウチにやって来て一緒に飲食を楽しむのは結構久しぶりのことのように思った。

僕の他に同年代の友人が4名、50を超えたおっさんたちの会合だったのだが愉快に過ごした。まぁ、愉快に過ごすことと年齢は関係ないか…。夜には娘と息子もそこに加わり、楽しい夜となった。

皆が食べるものを支度することの面倒くささ、酒を飲むことでの身体の疲労というものはあったのだろうが、そんなものを吹っ飛ばして更に気持に元気を与えてくれるような集まりだった。

高校時代の友人たちとの集いなので、高校時代から全く成長しないような馬鹿な話に笑い合っているばかりで一般的な生産性など何もない。しかし、意味のない話をする馬鹿どもの集まりであっても「僕には元気を与えてくれる時間なのである」…と今朝改めて思った。

今更の初物

今日は金曜日でようやく今週も終わる。って、今日一日は濃度の濃い日になりそうなのだけど。

今週は忙しく過ごしており…と言ってもサラリーマンをしていれば日々忙しいのが当たり前なのだろうけど、夕食においても外食ばかりだった。

接待会食やら接待でもない外食の機会が増えているのだが、そうした食事も極力美味しく楽しみたいと思う。それなりにちゃんとお金を払ってそれなりに美味しいと評判の店での会食だったりするので、やはりちゃんと美味しいものを食べているはずなのだが、そこにかかっている費用ほどの感動がないのが不思議でならない。

月曜日は綺麗な洋食屋に行った。前菜もカツサンドも海老フライもとても美味しかった。昨夜は老舗のすき焼き屋での会食だった。これも僕の口には普段入ることもないような立派な肉だった。これも美味しかった。

普段の食事では食べることもないような御馳走に接しているのだから、もっと印象に残っていてもよいように思うのだけど、今週食べたばかりのそれらは何故だか「結構昔の思い出のように遠く軽いもの」に感じるのだった。

さて、そんな御馳走週間に入る前、この間の日曜日に鰹を食べた。僕にとっては今年の初物となる鰹だ。

5月あたりからそろそろ鰹を食べようと思っていたのだが魚売場でも特に食指の動くものを見つけられずにいたら、この日は息子が鰹を買って帰ってきた。

この夜は我が家では初物となるものばかりを食べる日で、鰹のほかにも枝豆とアメリカンチェリーを食べた。

気がつけば6月ももう下旬に差し掛かっていて、あと一月もすると梅雨が明けているのだろう。鰹も枝豆もアメリカンチェリーも今更珍しがって食べるような時期ではなくなっているのだが、僕たち父子は初物に舌鼓を打った。

どれも特に高価なものではない。安売り品を選んで買って帰った自宅の食卓に過ぎないのだけど、こうした食物の方が外で食べる御馳走よりも鮮明に印象に残っている。

梅雨時期のヌルい食物

もう6月も中旬で、梅雨入りしてからは一週間が経つ。

先週は中盤から体調が悪く、そのしんどさとか眠気は今も尚続いているのだけど、今日くらいはしっかりと日々の生活の装填をしなくてはいかん。

部屋の掃除もそうだし、そろそろ梅を漬けないと今年の梅干しが作れなくなってしまう。去年はそれまでにこしらえた数年分の梅干しがあったので敢えて作らなかった。しかし、東京で息子との二人暮らしを始めてからは昼の弁当に梅干しを入れることが増えたため、これまで比べると飛躍的に梅干しの消費量は上がっている。

過去の梅干しはまだ沢山残っているのだけど、この先の「梅干しがふんだんにあるという安寧」を求めるのなら今年は梅を漬けておいた方がいいのだ。

…って、ここ数週間で見かけた梅はどれも高かった。南高梅1キロが1,500円くらい。1キロの梅というものは一玉の大きさにもよるがだいたい35玉くらいであろうか?だとすると梅干し一つに掛かる梅の原価は50円弱で、赤紫蘇やら塩やら色々の材料を含めるとだいたい一玉50円くらいなのだろうか?漬け込みの手間賃は僕のホビー代なので換算しない。

何だよ、梅干しを作ろうにも梅が高すぎるぜ…なんて思っていたが、これは数年前からの価格のようだった。

一昨年の今頃、僕は梅を買っていた。それも「そろそろ梅を買わねばならん…」と少し焦った気持ちで…。人というのはそんなに成長もせずに毎年同じようなことをするものだということがよく分かる。

そして過去のブログによると「その時の梅は1キロ1,800円で1キロあたり22玉だった」ようだ。であれば、この年の梅干しは一玉あたり80円くらいになる。僕の想定の1.6倍の値段だし、既にそれを作って食べているのにその価格を忘れていることに驚いた…というか呆れた。

 

さて、梅干とは全く間隙ないのだが、昨夜はカレースパゲッティを食べた。

たまに行くカレー屋の人気メニューであるのだが、僕はこれまで食べたことがなかった。昨日は朝から出張仕事で夜になって東京に戻ってきたのだが、風邪によるダルさもあって夕食を作るのも億劫だったので外食で済ませたのだ。

風邪と疲労感は僕を思いっきり怠惰にしている。そしてビタミンや食物繊維に乏しい外食メニューでしっかりとカロリーを摂取して満足するようなメシが続いている。数日前からそのサイクルを打開しなくてはいかん…と思いながらも、昨夜も安直な外食に流れてしまった。

この店に来ると客の3分の1くらいはスパゲッティを頼んでいるように見える。ライスでも麺でもそのうえにかけられているカレーは同じものだから同じような味がするのだけど、スパゲッティはそんなに美味しいとは思わなかった。

麺を茹でたりするのに時間がかかるだろうから、カレーラキスを頼むよりもずっと待つものだろうと思っていたのだが、特に待つこともなくすぐにカレースパゲッティは出てきた。

麺はとっくに茹でられていて、そいつを油で炒めたものがストックされているのだろう。軽い焦げ目のついた炒め麺は冷えていてカレーの温度によってなんとか温かさを感じられるようなものだった。

ここに僕はカレーライスを頼む時と同じように「玉子を全卵で」と頼んでしまったのだから、そのヌルさに輪をかける結果となった。Curryのスパイシーさというものは熱さによって際立つものなのだから、何ともメリハリのないズビズビ麺を食べることになった。

これならレトルトのカレーを買ってきて茹でたてで熱々の麺で食べた方が何倍も美味しかったのだろう。僕が店でよく見かけた「美味そうにカレーのかかったスパゲッティを食べる人たち」はみんな猫舌で伸びた麺類が好きな人なのだろう…と思わずにいられないほど、僕の好みではなかった。

新幹線の車中にて

週の頭から顕在化してきた風邪は悪化の一途をたどり、咳が酷くて夜もゆっくりと眠れないようになった。

日中、活動していても頭がクラクラするくらいの眠さを感じるほどで、これは本当に久しぶりの感覚だった。歩いていても眠気が強くてそこらに横になって眠ってしまいたい程の眠さ…、若い頃に徹夜に近いような状態で遊んでいて無理矢理仕事に出掛けた時によく感じていたような眠さだ。

これは「咳のせいで眠りが浅いこと」が原因というよりも、出張から戻ってきた身体がリラックスしてきてドッと出てきた疲れによる眠さのように感じた。この数日、まだ咳がそんなに酷くない時から、朝目を覚ますと身体が既に疲れていて、その疲れが地面から止まることもなくふんだんに湧く泉の水のように溢れているような感覚をうけていたからだ。

風邪は咳が酷く、目が覚めた時に鼻水と痰が出る。僕がよく陥る症状なのだが、今回はやたらに身体がだるくて眠い。とにかく眠い。きっとこれは風邪によるものではないのだけど…。

昨夜は酒を飲まずに夜22時くらいには眠った。今朝は7時半に起きたから10時間近くしっかりと眠ったことになる。昨日、病院に行って咳止め薬をもらっていたから昨夜は睡眠中に咳をして目を覚ますこともなくぐっすりと眠っていたはずだ。

今日は日帰り出張で静岡市清水の港に出掛けている。土曜日の朝の新幹線は割と混んでいて、その乗客の多くは観光や行楽なのだろう。晴れた日の朝から新幹線に乗っていると他の人がとても羨ましく見える。ならば、僕も休みの日の朝に新幹線に乗って出掛ければいいのだろうけど、自分がいざ休みになるとわざわざ新幹線に乗ってまで出掛けたいところがない。

「隣の芝が青く見える」ではないのだろうけど、人がやっていれば羨ましく見えるけど、自分ではやらないことというのも意外に沢山ある。実際に自分でやらないことならば羨ましく思う必要もないのだから、無駄な感情なのに…。

このブログを打っている新幹線の隣席では若い女性が冷やしうどんと缶ビールの朝御飯を食べている。これもまた羨ましく見えてしまう。しかし、僕はそんなに缶ビールを好きではない。実際に飲むならスキットルのウイスキーを飲んだりするのだろうね…。だから、本当は羨ましくないはずなのにそれでも羨ましく見えるのは何故だろう?

そんな「羨ましい論」とは関係なく、朝からビールを飲む女性というのも珍しいように思うのだが、ジュースのように見える缶チューハイを飲んでいる姿よりも数倍綺麗に見える。

風邪

梅雨に入って天気は良くないが、まだ蒸し暑くはならずに涼しい日が続いている。

出張の疲れが取れぬままに一週間を過ごしていたらやはり風邪をひいてしまった。喉の奥に少しだけ感じていた違和感は翌日には痛みと認識出来るものになり、そして咳と鼻水も出るようになった。

疲労を感じているのなら、夜は酒を飲まずにササッとメシを食べて早くに眠ればいいのだが、身体の疲労を感じる時には「精神の疲労」というものも一緒に抱え込んでいて、それを解きほぐすのに酒を欲してしまうのだ。

そして酒によって精神の疲労は取れていくのだが、身体の疲れはどんどん蓄積していくので終いには風邪を引いたりする。こうなることはだいたい予想できたのにやはり酒を飲んでしまうのだ。

昨日の夕方は職場のデスクについていても座っているのも目を空けているのも嫌になるほど疲れていた。夕食の支度をすることなど考えられないくらいにダルかったので、夕食は外で食べて帰り帰宅したらすぐに眠ることにした。

神保町にある第一旭に立ち寄り、ラーメンを啜る。数か月前に娘と一緒に食べた時には普通のラーメンを頼んでも随分と量が多いと思ったのだが、昨日頼んだラーメンは普通にペロリと食べられた。

店員によっての多少の誤差があるとしても、僕の感覚では「誤差どころではない量の変化」のように感じ取られたのだから、きっと僕の胃袋が大きくなっているのだろう。福島出張の間にだらしなく広げてしまった胃の容量がまだ戻っていないようだ。

これには酒ばかり飲んでものをあまり食べずに過ごして、〆のお茶漬けとかラーメンもやめることが最も即効性がある、僕の場合。自宅で過ごしていると昼食を我慢して抜くのも大したことではないのだけど、仕事に出ていると我慢出来ない。これも不思議なことなのだが、仕事に出掛けていると昼食を取らなくては何か余計なストレスがたまっていくような気になるのだ。

そんなことを考えながら食べたラーメンだったが、とても美味しいものだった。

帰宅してからはすぐにベッドに横になり、そのうちに眠り一度深夜の1時に目を覚まして起きたがその後も眠って朝に至る。

身体の疲れはだいぶ取れたが完全に取り去るまでにはあと2日くらい酒を飲まずにゆっくりと眠る必要があるような感じだ。風邪は全く良くなっていない。

来週は仕事での会食が続く。まとめなくてはならない企画も沢山ある。公私ともにやるべきことが多くあるというのは悪いことではないが、そこをあまり苦しまずにこなせるように体力の回復に努めたい。

…って、今夜はわざわざ静岡に出掛けての会食なのだった。往復の新幹線代含めたらどんだけ金を使うんだよ。…と思うが、仕事としては「費やした以上の金をもらえる関係地に繋げるのがプロ」だろうし、気持ちのうえでは「嫌がってばかりいてもメシがうまくなる要素はない」のだから、少しでも楽しく過ごそうと思う。

緊張と弛緩

福島県への一週間近くの出張に出掛けたのが2週間近く前のことだと思うと驚く。

あれからもう2週間も経ってしまったのだが、気候も大きく変わって関東地方も梅雨入りした。福島にいた間は毎日毎日、屋外で強い陽の光を浴びながらの仕事だったのだが、これから当面はそういう陽の光は期待できそうにない。あれは梅雨入り前の「一年で最も気持の良い気候」を感じ取るラストチャンスだったのだと思う。

乾いた風が吹き抜け強い陽の光を受けることの出来る職場は気持ちのいい所だったが、毎朝早起きだしメシも自由にならない状態だったので、その期間をトータルで見ればそれはそれは疲れるものだった。

寝坊してはいかん…という緊張感がそうさせるののだろうけど、この期間は眠っても1時間おきには目が覚めた。ホテルのベッドは快適で寝苦しいことなど何もないのだが、夜中に目を覚まして時計を確認して「あゝ、あと2時間は眠れるな…」と安堵して再び眠りに落ちる…ということが本当に5夜連続した。

このお陰で僕は遅刻することなどなかったし、それなりにちゃんと睡眠欲を満たしていたように感じでいたのだが、やはり身体への負荷は大きったようだ。

日曜日の夜に自宅に帰ってきて24時前に眠ったのだが、この日は久しぶりに5時間くらいの連続睡眠をした。しかし、月曜日の朝にはほとんど疲れは取れておらず、随分なダルさを感じながら一週間の仕事をこなした。

先週一週間は「出張で歩幅の狂った食生活を矯正する期間」だったように思う。

出張の間、自由気ままにメシを楽しめないことの不快さについては何度もこのブログに記したが、昼メシは仕事場でのスタッフ弁当が出てくるのでそいつを食べる。そして、自由に食べる際のホテルでのメシもスーパーやコンビにの出来合いのものを買ってくるためか「足りない満足感を埋め合わせるため」のように量を多く食べていた。更には期間中に2日だが朝の出発が6時以降だった日があり、その2日間はホテルの朝食も食べた。僕にとっては完全に過食なのだ。…って、食べたのは僕自身なのだが。

東京の自宅に戻ってきてからは「自由を謳歌するように」自宅で酒を飲みメシを食べた。そして先週は比較的楽しい仕事上の会食もあった。荒んだ心と大きくなった胃袋を一週間かけて正常な状態に戻していき、土曜日には仕上げのような感じで熱い風呂に長時間浸かった。

「長時間の入浴で汗をかきまくる」ということは実際には身体に良さそうでもないが、僕はこれによりとても体調が整うと思っている。塩分を含んだ汗を沢山かいて風呂上がりに沢山の水を飲む。これをしていると体内の悪い成分が汗と水の入れ替えによって排出されるように思うのだ。人間の身体はそんなに単純なものでないはずだが、僕の体調は本当に改善する。毎日とは言わないが、出来るなら3日に1回は長風呂で汗をかきたいところだ。

こうした日常生活でのリハビリテーションと言うかリラックスさせることの効果もあり、夜は心地のよい状態で眠りにつき朝まで目を覚まさずに眠っているようになった。すると日に日に身体の奥底に溜まっていた疲れが滲み出てくるような感じで表に出てくる。リラックスしてより一層疲れを感じるというのもおかしなようだが、実際にそうなのだ。

今は月曜日の朝だが、週の頭とは思えないくらいに疲れている。しかし、これは緊張状態を完全に抜け出して体が弛緩したことによる「疲れの解放」なのだ。表層部にまで出てきた疲れは取り除きやすいはずだ。おっさんになると疲労を回復させるにも手間と時間がかかることにはウンザリもするが、自分の世話はちゃんとやろうと思う。