【モノ】続 とんすい

僕の愛用しているとんすいは萬古焼の「墨貫入土」というもの。三重県四日市市が産地で、昭和30年から60年以上もの長い間変わらないデザインで作られている。特徴はヒビ模様で、この模様は古くから使われてきた技法で、土台にかけた釉薬焼成中に溶けて、それがガラス質の膜になり、その膜を意図的にヒビ割れた状態にする事で模様となる貫入(かんにゅう)が入って出来るそうだ。

…と、偉そうに解説したが、これはネット文章のコピーである。本を読んで調べたりしなくても簡単に情報が手に入る。便利な世の中だが、人が深い思考力を培うことを簡単に妨げてしまう軽薄な世の中でもある。と言いつつ、ネットのパクリ文章を続ける。

さらに貫入を強調させるために、ヒビの隙間に墨を流し込んだ模様を「墨貫入」と呼ぶ。その模様の付き方は一つ一つ異なるため、ひとつとして同じものがなく、使い込むことでより細かくヒビが入っていくので、変化を楽しみながら使うことも出来る。

そんな愛用品がこちら。鍋物、すき焼き、そしてけんちょうなどの煮物、秋から冬にかけてとんすいの出番は増えてくる。

とんすいを買う時に僕が重んじた条件は「盛り付けた食物が映える色合いであること」「糸底がしっかりとしていること」「手に馴染んでくるような適度な重量」「汁物が口に入りやすい滑らかさと鉢の縁の角度」このあたりだった。

これらすべてを満たすものは本当に見つからなかった。大凡の条件は満たしているがどれか一つが欠けてる…というような「惜しいもの」すら見つけた記憶がない。大抵のものは色合いが良さそうなら残りの条件は全て駄目だったし、そもそも糸底がしっかりとしていて持った感じが心地よいものが本当になかった。

納得の行くものが見つからず3年くらいが過ぎた。もっとも、最初から「前述のとんすい理想像」を掲げて探していたわけでもなく、沢山のものを見ていくうちに眼が鍛えられたようにも思う。そして4年目には複数の条件を満たすものを決めて、それを購入したのだが、これはその4年前からその存在を知っていたものだった。

その時から割とイイと思ってはいたのだが、もしかしたらもっとイイのが見つかるのかも…と思っていた品だ。当初はまあまあイイと思っていたものが、世の中のとんすい事情やらとんすいに期待することをしっかりと理解していくうちに、理想のとんすいは実は身近なところにあった…と気が付いた塩梅だ。

これに気が付いた僕は電車を乗り継ぎ、九品仏のあたりにある商店でこのとんすいを買い求めたのだった。全くの安いものだが、以来このとんすいは僕の食卓を豊かなものにしてくれている。

音楽や絵画などの芸術品、あるいは文学や漫画でもいい。更には付き合う異性とか友達にも当てはまるのだろうけど、審美眼というか慧眼というか良し悪しを見極める能力は必要だし、それを磨くには、まずは多くのものに接することが大切なのだと思っている。