ホルモンという食品の思い出

僕はホルモンのことをよく知らない。

まず、子供の頃にはほとんど食べたことがなかった。僕の育った家庭は外食を極端にしないうちだったので、そもそも僕が子供としての家族と焼肉屋に行ったことはない。焼肉というのは家庭のホットプレートで作るものだとばかり思っていた。その焼肉ですら父親が「牛肉の脂が臭い」とか言ってそんなに食べることもなかったくらいだから、ミノやセンマイ、更にはタンを食べたのも大学生になってウチを出てからのことだったので、ホルモンなど言わずもがな…という状態だった。

一度、僕がホルモンを口にしたのは幼稚園の時、台所から居間に行くと食卓のうえに美味しそうなニクの炒めたものがおいてあった。行儀もクソも知らない幼児の僕はそいつをつまみ食いしたのだけど、ソレはグニグニとしていて噛み切れず、尚且つ嫌な匂いがしたことを覚えている、母がソレをホルモンと言って美味しいとされるものだ…というような説明をしてくれたような記憶もある。

僕の最古のホルモンの思い出は幼稚園の時のコレなのだが、その後大学生になるまでホルモンと接することはなかったのだろう。次の思い出は大学生の時の事である。

執拗な勧誘に押し切られて入峰してしまった吹奏楽団の先輩が下宿でのメシとして「こてっちゃんを野菜と一緒に炒めて食べる」みたいな話をしていたことだけが、なぜか鮮明に記憶に残っている。

この話を聞いて僕は「こてっちゃんを食べてみたい」と思ったはずなのだが、今現在、「こてっちゃんという食品」がどんな味なのか分かっていないので、僕はこてっちゃんを食べたことはないのだろうと思う。

 

大学生になると酒を飲むようになるし、外食することも増えた。しかし、関西に住んでいた僕は「じゃりン子チエ」の世界に出てくるディープなホルモンは食べたことがない。どて焼きや串カツは好んで食べていたが、なぜホルモンを食べなかったのだろう?特に避けた記憶もないので、意識の中にすらホルモンという食品画入って来なかったのだろう。

それこそ、子供の頃は夏休みになるとしょっちゅう「夏休みマンガ劇場」みたいな感じで、ゴゼンから「じゃりン子チエ」を放送していて、それを見てはホルモンを食べてみたいと思っていたことも今思い出した。接していない割には結構多くの「ホルモンの思い出」があるものである。

最後に記す思い出は15年くらい前のことである。今は二十歳を超えた息子が小1の頃のことのように思う。その日の夕食としてモツ鍋を用意していて、僕はいつも行くスーパーで「牛生ホルモン」と呼ばれるものを買っていた。

食材として食卓に乗せられたそいつを見た息子が「うわぁ、うまそうだな」と声に出してよろこんでいたシーンを今でもよく覚えている。漫画のセリフのような感嘆を素直に口に出している息子がとても可愛かったのだ。

その日、モツ鍋を口にしたの息子は期待を裏切られたのかそんなに美味しそうには食べていなかったように思う。あれほど素直に「うまそうだなあ」って言ったのに!

さて、こんなふうにホルモンのことを書くのは、「今夜僕がホルモンを食べた」からだ。特に食べたかった訳でもないが、先日後輩が我が家に遊びに来た際に食べさせようかと思って買っていたものである。

そもそもホルモンの料理方法もよく知らないので、生姜と大蒜をすりおろして酒と醤油を混ぜたものに漬け込んでフライパンで炒めたものである。

ここで僕は「うわあ、うまそうだなあ」を思い出し、自分でもリフレインしてみた。

……特に美味くはない。

……ホルモンなどそんなものなのだ。ベトベトした肉の脂身じゃねえか!

分かっていたのだけど、やはりそうだった。しかしホルモンが不味い食材だとしても、というか僕にとっては特に美味くはないものなのだけど、そいつの思い出はなんだかほんわかとするものなのである。