教育について思うこと

今夜、遅い時間だけどテレビを見ていた。

いつかの再放送のものだろうけど「大阪の西成高校の取り組み」を紹介していた。

毎年、沢山のドロップアウト者(中退する高校生)を排出し続ける西成高校。そこの先生たちが生徒になった高校生たちの幸せを考え抜いたうえで行った取り組みを紹介する番組だった。


概要は「中退する子の大半は貧困なうちの子だ」→「家庭環境の不安定さが中退する子を生み出す」→「社会における貧困を産み出す仕組みすら知らずに貧困層を引き継ぐ子供たち」→「貧困による無知が産み出す次世代への貧困の継承」→「貧困層に陥らないための生徒教育」というものだった。


西成高校の先生たちが取り組んだことのひとつが「世の中で生きるうえで必要となることの価格」そして「そのお金を手に入れるためにはどれだけの努力が必要なのか?」を教えることだったように僕には感じられた。

食べて過ごすために、どれ程のお金が必要で、そのためにはどんな仕事に付けばどれほどの対価を貰えるのか?

学歴がないことで不当な労働搾取をされないようにするか?そのためにはどれ程の知恵を身に付けて、どんなところで働くことが自分を幸せにするのか?

そんなことを先生たちは出来の悪そうな生徒に説き続けていた。


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自分の将来について、溢れんばかりの夢を抱いた若者ではなく、将来への夢を持てずに刹那的な生活しか考えられない若者たち。そんな若者に少しでも夢のある将来を考えられるように教育を続けた先生たちは素晴らしいと思う。

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青春時代に部活やスポーツで教えられる人生訓もある。
しかし、そんな美談や熱血さが理解されない「切羽詰まった明日をも知れない日々」を抱えた若者もいる。

我が子や我が子のような職場の部下には直接的には関係のないようなことなのだろうけど、西成高校の先生たちの取り組みは非常に参考になるものだった。