家を出る時の思い出①

浪人をしていた愚息の進学が決まった。

世間一般的にはめでたいことだし、我が家においてもめでたいことである。愚息の努力は充分ではなかったのだろう。一番志望の進学先ではないが、それなりに納得のいく結果だった。

しかし、あらためて息子が一人暮らしを始めるとなると、僕の稼ぎではズンと響くほどの出費を伴うことも事実だ。

入学金だけでなく、下宿の費用とか必要なものを揃えるだけで驚くほどの金がかかる。彼が夢に向けての一歩を踏み出すことを嬉しく思うと同時に「お父ちゃん業」の重さに「はぁ」と溜め息が出る程だ…。


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…って、溜め息をついてもいられない。
明日は彼の下宿を見つけるために息子の進学先近くの街へと親子で出掛ける。

そんな状況の前夜、僕自身が田舎の実家を出る時の事を思い出してみた。


大学に受かって下宿を探す時は、僕は一人で実家から離れた大阪という街に出掛けた。不動産屋とどんな連絡を取ったのか覚えていないけど、大阪に住む遠縁のおばさんも途中で一緒に付いて来てくれたのだけど、どんな風に下宿を決めたのかあまり良く覚えていない。

結果、僕はトレンディな生活に憧れて、新築で内見もしていないワンルームマンションへの引っ越しを決めて、引っ越してみてからその部屋の狭さに驚いたことは覚えている。そりゃそうだ…。内見せずに決めたのだもの…。


当時の記憶は本当に確かではないのだけど、おそらく、高校の卒業式を終えた3月の上旬に下宿を探しに出かけたように思う。

本当に記憶が薄いのだけど、新生活を始めるのに「自分自身で何かをしよう」という意欲は少なかったのだろうと思う。今、思うと自分の甘さとか稚さが恥ずかしい程だ。

今からちょうど30年前の僕は「大学受験の帰り道で貰った不動産屋のパンフレット」を穴が空くほど見ていたし、どの街に住んだら繁華街と大学に近いのだとか、一人暮らしのウチにはどんなものを置きたいかみたいな「なまっちょろい一人暮らし計画」はよく考えていたように思う。

しかし、きっと地に足のつかない「馬鹿な高校生」らしい計画ばかり考えていたのだろう。優しい僕の親も僕の呑気さに苛立っていたようにも思い出される。