続 民度について思うこと

今日は前回の「民度について」の続き。書き足らなかったことを記しておく。

僕の住むマンションの民度の低さについては前回の文章のとおりなのだけど、僕が越してきた沼津という町は相当にゴミの分別にも拘りを持っている。

それはどうやら「沼津モデル」とも呼ばれていて、その筋では全国的にも有名なゴミの分別規律を厳格にすることによって相当にゴミ処理の公的費用を抑えることに成功したスタイルのようだ。

生ゴミなどの燃やせるゴミの収集は週に2回。そしてビニールやらナイロンやら燃やせないゴミの収集は週に1度。これには僕の生活においても特に支障をきたすこともなく納得するのだけど、ペットボトルは再生ゴミに設定されており、これの収集が月に1度だけなのだ。

これには大いに閉口する。現代の生活においてはやたらとペットボトル飲料を消費する機会は多い。ダンボールの収集とペットボトルの収集が同じ頻度なんて変だろう。もっとちゃんと収集しろよ、沼津市は!

エコのために水筒を!なんて方も多いのだろうけど、僕もコンビニで買うお茶やら水が中身の現物だけで量り売りでもされているのなら、喜んで毎日の飲料に水筒を用いるのだろう。

そして僕が何より一番にペットボトルを使用する「キック力のある炭酸水」については、やはり強烈に密封されたペットボトルじゃないとそこに含まれる炭酸が抜けてしまうのだろう。とにかく、今現在の僕の生活スタイルにおいては日々、ペットボトルを使用するチャンスに溢れているのだ。

分別ルールを減額にすることで公費を抑えるのも結構な施策だ。しかし、生活する者がペットボトルの利用を抑えることも出来ないような環境に手を打たずに、ゴミの収集頻度を減らしてコストダウンしている沼津市というところの「暁星としての提供民度の低さ」については驚いた。

これは僕がこれまで恵まれた町に住んでいたことによる軽いカルチャーショックなのかも知れないが、とにかく沼津市というところは社会的インフラも整っていないし、やはり民度の低いところなのだ……というのが新参者である僕の印象。とにかく町の至る所が汚い。

まあ、これもそのうち慣れるのだろうけどね。