以前から気になっていたスパゲッティを食べた。
僕が大学生になった30年ちょっと前には、「カプリチョーザ」が憧れの店だった。大学生になった僕は田舎からちょっとした街に引っ越し、多くの人が集まる「ロフト」の中にその店はあった。そもそも、ロフトのことをお洒落な店で気の利いたものが何でも揃うところ…なんて風に思っていたのだから、当時の僕の「ものの分からなさ」も噴飯ものだ。
なんだか30年くらい前は、多くのものが揃っている、そしてそれも新しいものをすぐに見ることが出来る…なんてことが、豊かな生活への条件だったようにも思い出される。そんな訳で、便利なものはロフトに売ってるし、ロフトにあるものが便利なものなのだと思い込むような馬鹿の多い時代だった筈だ。
そんなお洒落ショップロフトにあるカプリチョーザなのだから、愚かな大学生が憧れないはずもない。
さて、今回僕が訪れたのはカプリチョーザではない。お洒落さなどとは全くベクトルをともにしない「エサのようなスパゲッティ」である。
伊丹十三がカンカンに送り出しそうな「炒めうどん」を僕は食べてきた。氏の名著「女たちよ」に記された「ダメな日本のスパゲッティ」をそのまんま形にしたようなやつだ。
うん、よく考えるとこれをスパゲッティと呼んでイタリア料理と同列に考えてはいけないように思う。「炒めうどん」と呼んで区別化しなくてはならないように思うのだ。
前から食べてみたいと思っていて入った店ではあるが、料理が届くまで僕は伊丹十三のことを忘れていた。ナポリタンが届いて、少し食べているうちに「これ、まさにアレじゃんか!」と「炒めうどん」のことを思い出した次第…。すると次々に昔読んだ本に描写されていたスパゲッティのことを思い出した。
清水何某という人の書いたもので「うどんみたいなものがケチャップで炒められたもの」としてスパゲッティが書かれていた。これにしても伊丹十三の叱責にしても、ダメなスパゲッティ(僕がこの日に食べていたものそのもの)のことが書かれているなだけど、これはこれで僕の好きな食べ物なのだ。