datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

「蓼食う虫も好き好き」

There is no account for the taste.

高校3年生の夏になるまで本当に勉強をせずに過ごしていたから、僕は成績不良の少年時代を過ごしていた。

冒頭の英文は大学受験のためにようやく勉強を始めてから覚えた文章で「味の好みに理由はない」というふうに覚え、その和訳として「蓼食う虫も好き好き」という慣用句をその時になって知った。英語に限らず全教科勉強しないのだから、高3になっても「蓼」のことすら知らない有様だった。

あれからもう33年が経つが、この文章が記憶に留め続けられていることも凄いのだけど、英語の方だけでなく日本語の慣用句としても僕は以来一度も使ったことがないというのも凄い。なんのために覚えたのか?受験はおろか、実生活でも使ったことのない言葉って…。

さて、今日はそんな蓼を探しに出かけた。

先日、「高津川の鮎」を楽しんだのだけど、普段から世話になっている舎弟のご家族にも…ということで、彼ら一家にも贈呈した。折に触れて季節の味覚を送ってくださる舎弟の父上は鮎を楽しみつつも「蓼酢」を所望されたそうだ。

過去に何度か蓼酢を口にしたことはあるものの、普段鮎を食べるということが自宅でも焼いて食べることばかりなので、僕が鮎に蓼酢を添えて食べることはほぼない。しかし、蓼酢とともに鮎を食べるということは「然るべき鮎の食べ方」であろうから、蓼を入手したくなったのだ。

1年くらい前に「情熱大陸」で「高津川の鮎焼き名人」を取り上げていた時に、名人は高津川の河川敷で蓼を摘み取っていた。ネットで調べると、全国至るところに蓼は自生しているようなので、沼津の河川敷にも生えているのではなかろうか…そんな期待を胸に午後から歩いてみた。

植物というのは「これが何というもので、どのあたりに生えるものだ」というのを知れば、本当に簡単にそれらを見分けることが出来る。逆に言うと、興味を持たずに知らない人には全く見分けることも発見することも出来ない。

幸い僕はド田舎村の出身なので、50歳男性の全日本平均で言えば偏差値55くらいではないかと思うのだけど、蓼という植物のことは全く興味を持たずに50年間生きてきたものだから、ネットで見たばかりの画像の記憶をもとに河川敷を歩き回ることになった。

片手にスマホを持ち、Googleレンズで気になる植物を撮影し「そいつが何なのか?」確かめながらの歩行。お彼岸を迎えようというのに沼津の河川敷は暑い。ただ「風の強い町」である沼津らしく今日は強い風が吹いていた、全く涼しくないのだけど…。

Googleレンズなるものは何も初めて使った訳では無いが、本当に凄い。僕が子供の頃に思い描いた「未来の生活」そのものだ。カメラで枠に捉えたものが何なのか?一応瞬時に分かる…なんて、本当に21世紀の未来のテクノロジーのようだ。便利な世の中にはなったが、僕はワンピースの宇宙服のようなツナギを着用していないし、万能栄養薬の錠剤ではなくて「子供の頃とほとんどかわらない昭和のオカズ」を日々食べているのだけど…。

河川敷を歩くこと2キロくらい。多めの雨が降れば濁った流れの底に来るであろう河川敷では、蓼らしきものを見つけることは出来なかった。

今日、雑草たちを見つめながら河川敷を歩いて感じたことは、そこに生息している植物は意外に種類が多くない…ということだった。たまに増水した時の濁流にも耐えながら生き延びられる植物は限られてくるのだろう。

はて、蓼はどこにいるのか?そもそも、この時期に青々とした葉を茂られせているのだろうか。手間はかかるのだけど、よく知らないものをよく知らない情報だけを頼りに探し求める…というのも楽しいことである。

 

※このブログを書いた後で、気になったので「蓼食う虫も好き好き」を調べてみた。僕の記憶は間違った英語だった。33年間、間違った英語を覚えていたのだった。勉強しない人間はこれだからダメだ……。