datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

田舎と森林

昨日は伊豆の葛城山にある観光施設に出掛けていた。伊豆長岡の温泉街の直ぐ側にあるこの山には、今から100年近く前に観光化の施策としてロープウェイが通され、公園として整備されたそうだ。

これは昨日、スピーチしていた人が「そんなことを言っていたな…」というものの聞きかじりであり、僕は本来の成り立ちどころか、この施設を訪れるのも初めてのことだった。

温泉街の並びにある土産物屋などの施設から出ているロープウェイに数分乗ると葛城山の山頂に着く。山頂には茶店などがあるが、そこに360°の眺望を楽しめるウッドデッキの広場みたいなのが出来た。それが今日オープンを迎えるということで、先行お披露目会として昨日伺ってきたのだ。

360°デッキの披露が目的だったものだが、その後で去年作られた森の中の周遊コースを歩いてみた。

普段から田舎町に暮らしているが、そこは都会の利便性が圧倒的にかける不便なところ…という程度のもので、僕自身が森の中に足を踏み入れて木々のにおいを嗅いだりすることはほぼ無い。自宅から周囲を見渡せば離れたところに山が見えるし、河川敷もすぐ近くにあるし、仕事の移動で山間部を車で通り抜けることもあるが、森の中で過ごす時間などないのだ。

「田舎の出」だからなのだろう。僕は山や森や林に入ると落ち着きを感じることが多いし、昨日歩きながら見た木々は「小学生の頃のカブトムシ採り」を思い出させた。

6〜7月くらいになるとカブトムシを採りに出掛けていた。3〜4キロ離れた山まで自転車を走らせ、時には周囲の百姓に叱られたりしながら、虫採りに没頭していた。そんなことを思い出しながら、ここもまたウッドデッキに整備された遊歩道を歩いた。

本来の自然の中にならあるはずもないウッドデッキ。しかし、こうして歩きやすくされているから僕もこの道を歩いている。この場所がウッドデッキに整備されたことは是なのか否なのか?

しかし、ウッドデッキほどのものでなくても、人が道を作った時点で「本来の自然の中にはないもの」が作られているので、「自然に手を入れること」を否定するならそもそも人が一切足を踏み入れないところにすべきなのか?

結局、結論など出ないことを考えながら、森の空気を思いっきり吸い込んでから帰宅した。