魚屋で感じる季節

沼津に越して来てから、既に半年が過ぎた。なんなら間もなく7ヶ月が過ぎようとしている。

この町にも随分と慣れてきたし、ここで日々を楽しく過ごす方法というのもそれなりに理解出来た。しかし、未だに「魚を食べる」ということにおいては満足のいくスタイルを見い出せていない。

「沼津に引っ越しまして…」ということを人に伝えると「魚が美味しくていいですね!」というようなことを言われるのだけど、僕の生活スタイルにおいてはめっきりと美味い魚に出会うことが減った。これはその前に住んでいた静岡市というか僕の住んでいた周辺の買物環境が本当に恵まれていたからなのであろう。

沼津での僕の日々の生活範囲では、旬の味を感じさせてくれたり、品質とのバランスになるのだけど「これは買わねばならん」と思わせるような魚にはついぞお目にかかっていない。「沼津は魚の美味しい町」という情報はどういう根拠があって世の中に広まっているものなのか?と本当に疑問に思う。

さて、今日は「僕がこの前まで住んでいた町」である静岡市に出掛ける用事があった。仕事の用事を済ませて沼津に戻るまでに電車の待ち時間があったので、かつてよく買物をした魚に立ち寄っでみたのだが、そこの品揃えには非常に興奮させられた。

大振りのニベの切身が3切れで500円。

そしてサクラマスや甲烏賊も500円。

そして、沼津産の小振り鯵は280円。これだけ美味そうな鯵がこの値段で売られているのを僕は沼津では見たことがない。

そして、今日の真打ちがこちら!

殻付きのトリ貝も売られていた。

「活き」ではないので安価なのだろう。しかし、どこの魚屋であってもそこに売られているものの大半は死んでしまっているものだし、それ以前に活きてようが死んでいようが、そもそもトリ貝という食品を沼津で見かけたこともない。

4月〜5月にかけて、僕は魚売り場をトリ貝の姿を探して歩くことが多い。「指にルビーの指輪をつけた女を探す寺尾聰」のように…。

普段の生活では全く目にすることもないし、既にそんなことを期待しなくなっていたのだが、静岡市のいつもの店(過去のものですが)…に来ればこの状態だ。沼津に戻らなくてはならないことを忘れるほど僕は興奮し、売場に並んでいたトリ貝全て(2パック)と春の味のひとつであるサクラマスを買って沼津行きの列車に乗り込んだのである。

僕が「食い意地が張っていて食いしん坊」故のことであるのだけど、季節の移り変わりを感じられる食材が売られている市場(これは売場全般のことであり、スーパーも指すのだが…)というのは、本当に尊い。これは今日の魚介類に限らず、露地モノの野菜に目を向ければもっと如実に季節を感じることが出来る。こうした経験をさせてくれる場所を早く沼津でも見つけたい。

続 お土産とかプレゼントとか

しばらく前に書いたブログの続きを書く。

末娘が僕にくれたお土産のラーメンが幾らのものであろうとも、そしてその品が美味かろうが不味かろうが、世の中の評価がどうであろうとも僕にとってはとても嬉しい品である。

僕の記憶が確かならば「こむらさきのラーメン」は繊細な九州細麺豚骨ラーメンだったかと思う。

この文章を書いていて思い出したのだけど、もう25年くらい昔のことだが、当時の僕は九州に住む女性から「その町でとても美味いとされるラーメン」を贈答されたことを思い出した。大分中津の名店だったと思うが、店の名前は思い出せない。

折角貰ったラーメンも日々の腹を満たす食物の一つのように、さっと麺を茹でて特に具材を足すこともなく「素ラーメン」として、ぞんざいに食べてしまったように記憶しているが、勿体ないことをした。

そんなことを考えたりしながら、昨夜遂に娘から貰ったラーメンを食べた。昨夜は22時過ぎまで仕事をしていて、帰宅をすると22時半頃。夕食に何やかや作るのも大義だったのでラーメンを食べることにした。

「素ラーメン」という食べた方は、商品として売られているそのものが美味しいかどうか?という商品のステゴロ戦闘力を確認するには正しいし面白い食べ方だと思う。

しかし、僕はラーメンの商品力評論家ではなく特に昨夜は「娘からのプレゼントをどれだけ美味しく食べるか」に拘りまくった50歳の父親…だったので、ラーメンを美味しく食べるための具材もちゃんと用意した。

これらの具材は昨夜用意したものでない。「近いうちに娘のラーメンを気合を入れて食べよう」と思った数日前に既に調理していたものだ。

焼豚(煮豚?)を仕込み、乾燥木耳をお湯で戻して味付けして、焼豚の煮汁に茹で卵を漬ける。どれも大して手間のかかる作業ではないが時間はかかるので、事前にこれをしていなかったら昨夜ラーメンを食べることもなかっただろう。

昨夜は麺を茹でて、スープの素をお湯で溶かして、葱を刻んで、赤梅酢に漬け込んでいる紅生姜と一緒にみなを器に盛り付けただけだから、これも調理というようなレベルのものではなく、インスタントラーメンを食べるのと変わらない作業だった。

しかし、色々と気持ちを込めたラーメンは予想通りに美味いものだった。ラーメン博物館のお土産で売られているものだから、それは工業製品だし「うまかっちゃん」などのインスタントラーメンと変わりはない。しかし、特別な味がするような気がした。

まあ、「うまかっちゃん」であってもそれが娘からのお土産でちゃんと手をかけた具材を乗せて食べたら「メチャ美味い!」と僕は大喜びするのだろうけど…。

今日も伊東へ

僕は基本的には土日は休みなのだが、平日に残業するのが好きではないので土日に仕事をすることが多い。今日も朝からデスクワークをこなし、昼前には伊東のお客さんのところへと出発した。

沼津から車で伊東に向かうとだいたい1時間以上かかる。昨年からもう何度か伊東往復のドライブをしているし、何より一昨日車で行ったばかりなのだ。

元来、僕は車の運転が楽しいと思う質ではないし、伊東へのコースは数パターンあれど全てが特に惹かれるものではなかった。今日が快晴だったら事情も違ったのかも知れないけど…。

そんな訳で今日は列車で伊東を目指した。

生涯のうちで僕が列車に乗る時間はそんなに多くないのだろうと思っている。まあ、田舎暮らしの人は鉄道網もないところで過ごしていたりするのだから、そういう人と比べれば「僕の鉄道頻度」は多いのだろうけど、自転車や徒歩の移動も好きなのでそんなに列車に乗ることはない。まあ、車にもそんなに乗らないのだけど…。

列車慣れしていない…ということも影響しているのだろうけど、クロスシートとかボックスシートの列車に乗ると旅情が高まる。今日も熱海から伊東までのほんの20分くらいの間だったが列車での旅に出掛けているような気持ちになった。

伊東への乗り換え起点となった熱海の賑わい振りは本当に凄い。平日にここを訪れても「今日って休日?」と思うほどに観光客で溢れかえっている。都内や首都圏からの交通の利便性と「近い割に旅に来た感覚」を兼ね備えているのだから人気があることにも頷ける。そりゃ「強気に宿泊税なるものも導入するよな…」とも思う。

その熱海からはそんなに遠くもなく、むしろ近くにあると言える伊東は熱海ほどの賑わいは見られない。その鄙び方とか寂れ方がイイのだよ…なんて言う「寂れた伊東マニア」みたいな人もいるのかも知れない。

町並みのあちこちに残る昭和風情溢れる店舗などを見ていると「この町はこのままであって欲しい。でも多くの人が訪れて町が元気づくといいな…」なんて完全に二律背反なことを考えながらこの町を後にした。

好きな花束

一昨日、天城で山葵を買った。この時期にしか出回らない山葵の花であり、僕が一番好きな花束だ。

沼津に来てから割と簡単に良質の山葵が手に入ることに胡座をかいてしまっていて、醤油漬けの作り方がどうもぞんざいになっていたようだ。昨夜は、初心に立ち返って丁寧に作る。

本当はもっと沢山作りたい。何しろこの時期にしか出回らない山葵の花束なのだ。しかし、ウチには空き瓶がこのくらいしかなかったのだ。

4瓶のうち3つは人にあげよう。そして残りの1瓶は春を感じ取りながら大切に食べようと思っている。

続 蕨を食べる

昨日の昼間、僕は蕨を茹でた。

蕨という食材を買うのは初めてのことだ。「買わずに摘んでいたから…」なんてトンチ小僧のようなことを言うわけでもない。蕨を買うだけでなく、蕨を料理することも初めてのことだったのだ。

子供の頃は春になるといつでも蕨が食卓に出てきて、弁当にまで蕨を炊いたものが入っていた。特に不味いものでもないが特別に美味いとも思わなかったので、僕にとっては人畜無害な存在感の薄い料理だった。

この印象が大きく暴落したのは母親の調理方法によるものである。いつだったか、蕨を炊く出汁にイリコを用いたのだけど、このイリコを取り除かずにそのまんま蕨と一緒に盛り付けられた。深緑〜褐色をした蕨とのそばに銀色に光る煮染められたイリコがあるという光景は食欲を大きく現逮させるものだった。

以来、僕にとって蕨は「何なら食べたくないもの」に成り下がっていたし、出汁を取ったイリコがそのまま残してあるならば、その汁物をひっくり返して捨てたくなるくらい出汁殻のイリコが嫌になった。これは見た目の話であり、イリコ出汁の味自体は好きなのだけど…。

さて、蕨の話に戻そう。

大鍋に重曹と塩を加えてグラグラと沸かして蕨を茹でる。重曹の効果は凄いもので、あっという間に茶色い灰汁が浮いてくるし、蕨の表面に生えている産毛も抜けて水面に集まってくる。

そんな様子に感心していると蕨の繊維が崩れ始めていることに気が付いた。大急ぎでお湯から引き上げ、色止めの冷水に浸して蕨に熱が入らないようにする。

もう40年くらい前の記憶だが、実家では蕨の灰汁抜きのために蕨を一晩洗桶の水に漬けていたので、蕨の灰汁は相当にキツイものだと思う。食べてみてエグみやシブみ満載だと嫌なので、色止めした蕨を更に水にさらしておいた。この水に結構茶色に濁ったので「どれほどの灰汁を抱えていたのか!」と驚いた。

こうして下拵えした蕨に土佐醤油の鰹節殻をまぶし込んで食べる。ネットリと柔らかく美味しいものだった。

特に味や香りがある訳でもない。何が美味いのか?単に鰹節の出汁の味なのか?そこに柔らかくもったりとした感じの食感があるから美味しいのか?考えてみてもその美味しさの構成要素はよく分からなかった。

母親の調理方法によって35年くらい食指が動かなかった蕨だが、これを久しぶりに食べようと思わせた一文がこちら。

魯山人も蕨の味を高く褒めているのだ。…って、彼が河豚と並べて蕨を美味いものと評していたことは15年以上前にこの本(魯山人味道)を読んで知っていた。しかし、これまで特に蕨を食べたくならなかったのは、僕の深層心理では「蕨が不味く思えたこと」の執行猶予期間であり、今年になってようやく時効が成立したのかも知れない。

田螺を愛する陶芸家の彼は酢醤油で食べるそうだ。早速、今夜は柑橘の搾り汁を加えて食べてみたいと思う。

蕨を食べる

昨日、出掛けた先で蕨を買った。

蕨という食品は子供の頃は山村…というかド田舎に住んでいたこともあり、春になると祖父祖母、そして父母、一家総出で蕨を摘みに出掛けてよく食べたものだ。

小さな頃は、僕がちゃんと蕨を見つけて摘み取ると祖父やら祖母が大層に褒めてくれるものだから小さな僕も嬉しくなり、それこそ「蕨摘み名人」のようにそいつを見つけ出しては収穫していた。

そのうち、そんなことのために山に出掛けるよりも、遊園地とか田舎だから大した商店なもなくても買物に出掛けるほうが楽しいのに、なぜウチはこんな野良仕事みたいなことばかりの休日を過ごすのだろう…と幼心にも不満を抱いていたことを思い出す。

そんな不満が噴出したのは小学3年生の時のことで、この年も一家で蕨狩りに精を出していたのだけど、とにかく僕はそれが不満でいい加減な態度でテキトーに参加していた。そんな時におじいちゃんがなんだか僕の癇に障ることを言ったので、僕はそれに対して腹を立てておじいちゃんの持っていたピッケルを取ってそいつをおじいちゃんの腿を打ち込んだ…。

おじいちゃんは「あいたたた…」と倒れ込み、それに怖くなった僕はその場から逃げたしたことは覚えている。だだっ広い山の比較的広い道を走って逃げ出すのだ。

今思うと「家庭内暴力」とか「キレた小学生の凶行」みたいに思うのだけど、その後、僕がどれほど叱られたのかの記憶はない。叱られていないはずもないから、僕の中での「都合の悪い記憶を消す装置」が作動しただけなのだと思う。

これが僕にとっての一番の「蕨の記憶」。厳密に言うと「蕨狩りの記憶」なのかも知れないし、「おじいちゃんに暴力を振るった唯一の記憶」なのかも知れない。

伊東のマンボウ

今日の夕食には伊東やら天城やら、昨日出掛けた先で買ってきた良質な食材があるので色々と食べたかったのだが、昨夜のマンボウの残りがあるので、まずはそいつを食べることにした。

昨夜は既報の通り刺身で食べたのだけど、これはもう食べたくなかった。と言うことで、残っていたマンボウはバター焼にして食べることにした。

刺身用の切身をバター焼にするということは僕にとってはとても贅沢な調理方法で、魚の良し悪しやら高価か安価ということを問わずに美味しいものだと思っている。

「バターが旨いのだから、それはバターの美味しさじゃんか!」というようなことは僕の交友関係の随所で出てくる言葉であるが(これは対象がバターだったり山葵醤油だったりマヨネーズだったりするのだけど…)、基本的にはその通りであり、やはりバターが美味しいからそれで焼いたものなどどうやっても美味いものなのだ。

昨夜、堪能するまで食べたマンボウの残りは思っていたよりも大振りで、そいつをバターを溶かしたフライパンに入れてソテーする。大きな身にはなかなか火が入らない様子で途中フライパンから取り出して一口サイズに切り分けて再び熱を入れた。

美味しく熱が通るまで…なんて炒めていたらまわりのバターは焦げてきて、およそ「魚のバター焼き」というには火が入りすぎたようになってしまったが、そいつを口に運ぶ。

噛みしめると歯を押し返してくるような弾力。刺身で食べたときには「とにかく水々しい…」というのが最高の賛辞で、特に旨味のようなものを感じなかったのだが、バター焼きにすると水分が幾分か飛ぶせいもあり多少の魚っぽい旨さを感じ取ることが出来た。しかし、そんな仄かな旨味よりも食感の独特さが印象に残る食物だった。

マンボウを口に入れ噛み砕いている時になにか他で食べたことのあるような気がして考えていたのだけど、それは烏賊?いや焼肉のミノ?そんな感じの魚らしくない弾力のあるものだった。

…とマンボウの食感やら味わいを考えながら箸を置くと、皿にはマンボウの身から沢山の水分が流れ出ている事に気がついた。

写真では分かりづらいかも知れないが、結構な水分が流れ出てきていて、その水分が残ったマンボウの身に絡んだバターの風味なども全て流し落としてくれるような有様…。バターの香りやら塩味もビシャビシャにして折角のバター焼きをよく分からん蒸し料理みたいにするほどの水が出ていたことに驚いた。

ならば!と言うことで、皿のマンボウを再びフライパンに戻して残っていたバター汁でソテーを続ける。皿に出ていた水を流しに捨てたのだが、本当にビシャッ!という量の水分で「スーパーの売場の説明のとおり、水分の多い魚なのだ!」ということは身を持って知ることが出来た。

さて、水分を抜くように更に熱を入れたマンボウは水が抜けた分、旨味も凝縮されていたが、歯応えはミノとか烏賊からは遠くなり「なんだか不思議な弾力のある魚」になっていた。

これまで接したことのない食材に触れる…という点では面白い経験だったが、やはり僕はこの先、どれだけ新鮮で安価なマンボウが売られていても買うことはないかと思う。