豆を噛み鰯を食べる

節分の今日は「会社帰りに鰯を買って帰るか!」なんて思っていたのだが、帰り際に面倒な仕事が舞い込んだ。

その処理を先送りにすることも出来ないのでそいつを片付けていたら、とうにスーパーの営業時間は過ぎてしまった。


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帰宅して、数日前に買っていた豆と随分前に買っていた鰯の缶詰を食べる。


巻き寿司は食べない。
僕の生まれ育った環境には「節分に太巻きを食べる」なんて習慣はなかった。

そもそも太巻きを切らずに黙って食べるなんて不味い。太巻きを食べるとしたら、普通に食べやすい大きさに切って、楽しくお喋りしながら食べるだろうし、アレは原価もかかっていない寿司を高くに売りつけて売り手が儲けるための商業キャンペーンに過ぎない。

今日の昼間にスーパーに行ったら、売場の相当なスペースを使って高価な太巻きを売っていたのに、そのスーパーでは数日前に並んでいた豆が今日は売られていなかった。豆が置かれていた場所には雛あられが置かれていた。

会社で若手に聞いたら「節分に鰯を食べることの由来」を知っているものが殆どいないどころか、鰯を食べることすら知らないものばかりだった。

つまらん商業キャンペーンが本来の伝統を駆逐する。