datetaira’s blog

日々の生活で思うこと

青柴漬を漬けながら思ったこと

ベランダ菜園の紫蘇の葉がガシガシになってきていることを前回のこのブログに書いたが、「紫蘇が使えるうちに存分に使っておこう」と思って青柴漬を漬けた。

製法が難しい訳では無いが沼津には良質の胡瓜が売られていないから青柴漬を漬ける頻度も下がる。しなやかで美味しそうな紫蘇が次々に採れていても肝心の胡瓜が手にはいらないために、青柴漬を漬けられずにいた。…が、前回漬けたものもいよいよ食べ切ってしまうので胡瓜を買ったのだ。

静岡市でも富士市でも、そして御殿場の農協でも「四葉(スーヨー)」が売られていた。御殿場の農協なんて引き締まった種の成熟していないものが3本で120円だった。

夏の盛りになってくると胡瓜も太く育つ。そして膨らんだ果肉の中の種の部分も増える。成熟し始めた種の部分は水分ばかり多くて不味いので僕は口にしたくない。それでも売られる胡瓜の多くが太めのものになってくるから、縦に切ったものの種を匙でこそぎ取って食べる。…その手間の必要がない細い胡瓜の方が美味しいのだ。そして、その時期に細めの胡瓜が安くに売られているのは本当に嬉しいことだった。

さて、他の胡瓜を遥かに凌駕する四葉(スーヨー)だが、本当に沼津市では見かけない。少し前にとあるイベントに参加した際に沼津市長が「沼津はとにかく美味しいものがいっぱいです。そうした沼津の味もしっかりと楽しんでください…」みたいな事を言っていた。

市長という立場で「沼津には大したものがありませんよ…」と言おうものなら、次の選挙どころか直ぐに不信任決議にでもなろうから、この町のことを褒めそやすしかないのだろうけど、町のスーパーでは大した魚も大した野菜も売っていないくせに「美味しいものがいっぱいです」なんて言ってんじゃねーよ、バーカ…と思いながら、彼の話を聞いていた。

「その町の美味しいもの」というと観光地ナイズされた外食で食べるもののことを指す人が多い。中には「町の人たちが日常的に使う」普通の店の普通の料理もあるが、その町の人たちが普通に食べているものこそ「その町の味」だ。

そうした美味しいものを求めるのもレジャーとしては楽しいことだが、日々の生活の中にも充分に美味しいものを楽しむチャンスがある。それを見逃しておいて観光外食に美味しさを求めるのも馬鹿のやることのように思う。

日々の家庭の食卓にしっかりとした食材を供することの出来ない町は、やはり「美味しいもののある町」と名乗る資格はないと思う。