市民楽団の演奏も終わる

3月くらいから練習に参加をしていた市民楽団の演奏会が本日開催され、満員の来場者のもと無事に開催された。

味気のない報告書のように要点を書いてみたが、コレに対しての僕なりの補足とか言い訳をしながら、ライブのことを振り返ってみる。


今年の正月に「今年はラッパを吹こう」と目標設定してから、僕はなかなか動かずにいた。1月の半ばくらいに「見た目もおとなしく、下手くそでも恥ずかしくなく見えるようなラッパ」を修理に出して、2月からラッパの練習を始めたように記憶している。

そして2月の下旬には「今の市民楽団」の練習に合流して、3〜5月のまでの3ヶ月間、ラッパとか楽団で演奏する曲を練習してきた。そして本日の演奏会を迎えたのである。


今日の演奏会を終えて、僕自身のラッパ演奏とか練習について思ったことを書き留めておく。


■出來たら毎日吹きたいようにならんといかん。

これはなかなか難しいことなのだけど、僕はこの二週間、リハ(楽団の週一練習)に照準を合わせて調整してきた。この作戦はうまくいって、昨夜(ライブ前夜)のリハは割とうまくいった。

しかし、今朝目が覚めた時から本人にはだいたい分かっている唇の疲労感…。これは致命的であり憂鬱だった。ライブが昨日だったら良かったのだ。

楽団の皆は「前日の練習なのだから!」と気合を入れて曲を通す。僕もここぞとばかりに手前の練習成果を披露した。これが疲労の原因だ。

今更言うと「一週間に一回ラッパを吹いたら丁度よくなる調整」自体が間違いだったのだ。ぼくの週に一回ベストなコンディションでラッパを吹けるチャンスは昨夜使い果たしていた。

…なんて訳で、今日の演奏は割とボロボロだった。感覚的に言うと「昨夜のリハで弾を打ち尽くした」感じだったからだ。

反省をすると「昨日の練習を休むべきだった」のかも知れない。個人のラッパのコンディションで言うと…。しかし、団体競技の最たるものであるフルバンのリハなんて、僕の唇が疲労しているからなんて理由でアナを開けることがダサ過ぎる。

「週一の練習でコンディションを合わせる」という策を選んだ僕の采配ミスなのだ。これは大いに反省する。今後はライブの前夜に根を詰めた練習があっても一晩眠ればイイ状態で演奏できるように調整していくことにする。


■練習で出来たことなど7割くらいしか出来ない。

これも15年ぶりくらいに今回ステージに乗ってみて痛感したこと。そんなものなのだ…。

練習の時にうまくいったものなんて、練習時においてはほぼ確実にうまく出来るようになっていないと、やはり本番ではしくじる。

今日の僕自身の演奏なんて「ここ数週間のベスト集」で披露したかったし、だいたい出来るだろうなんて楽観的に思っていたが、ライブというのはそんなに甘いものではなかった。

僕のラッパを吹く力が100あるならば、やはり70くらいしかライブでは出せなかった。そんなことを反省しながら、学生の頃とかバンドに力を入れていた若い頃は「ステージで100を出せるように、練習では140くらいの馬力」で稽古に励んでいたことを思い出した。


■人がいると(本番だと)力を出す人もいる。

僕の所属する楽団は基本的に下手くそだ。そもそも僕も上手く演奏できないのだけど、楽壇の大勢が「吹奏楽団でやっていたひとがジャズに興味を持っただけ」で集って練習している。

吹奏楽団を軸足に持つ人はやはりジャズの演奏においてはダサい。そりゃそうだ。アプローチの方法が根本的に違うのだから。

しかし、そんなダサい人が集まった楽団も今日は普段よりもイイ演奏をしていた。コレができるなら普段のリハの時から頑張れよ!と思うくらい。

しかし、今日の皆の演奏は良かった、あくまで当バンド比に過ぎないから、ダサいことはやはりダサいのだけど…。