先週末は舎弟が遊びに(…というか引越片付けの手伝いも少しだけするために)やって来たので、食事は奮発した。
この夜の献立を記しておくと「糠漬け、塩辣韮、昆布と山椒の佃煮、山葵漬け、焼き松茸と春菊のお浸し、茄子の揚げびたし、鮎の塩焼き、藻屑蟹、ミナミマグロと芽葱と焼き海苔、ラーメン」というものだ。
どれもこの季節に食べることに意義のあるものだ。まあ、ラーメンはいつでも作れるのだけど…。

松茸は上野のスーパーでカナダ産のものを買ってきてグリルで焼いて春菊と一緒に食べた。実家に住んでいた子供の頃は秋になると松茸を採りに行っていたから「世間の平均」では僕の松茸との接触頻度は高いように思っているがどうだろう?
皆、一シーズンに数回は松茸を食べるものなのだろうか?子供の頃は食卓に松茸が登場することも一シーズンに複数回あったが、大人になってからは年に一度「食べておいたという実績を作るかのような」頻度である。
どうしても食べたいと思う訳ではないが、食べてみると「やはり秋になれば年に一度くらいは松茸と接しておくべきだな…」と思うので、一応松茸を食べているという感じだ。
舎弟と息子と3人で焼き松茸を楽しんだ数日後、今度は松茸御飯を炊いた。

松茸の香りを存分に楽しむために昆布出汁と松茸のみで炊き上げる…というストイックな調理方法ではない。田舎料理そのままの鶏の炊き込み御飯に松茸を加えた塩梅のものだ。牛蒡は入れないけど。
炊き込み御飯にするなら古米でもよいかと思ったりもしたのだが、松茸を尊重する意味で新米を用いた。

肌寒さを感じるようになった夜、軽く酒を飲んで鮎の塩焼きなどをつつき、その後で食べる熱々の炊き込み御飯が美味くないはずなどない。僕たち父子はそれぞれ2杯ずつ食べた。


そして翌日はそいつを弁当にして二人して職場や学校に持って行って食べて、僕たちの今シーズンの松茸は終わった。
数日に渡って松茸を楽しんだが、息子とは「やはり年に一度くらいは松茸を食べる余裕が欲しいね。高い高いなんて言ったところでコンビニのメシを食べるとかスタバに行くとかいう無駄なものに金を使わなければ簡単に買うことだって出来るし、とても楽しいことだからな…」というような話を何度もした。
そうなのだ。食材を買ってきて自宅で楽しむことなど、テキトーな外食に金を払うことを思えば全く安価に大きな楽しみを得られることなのだ。
こんなことは当たり前に分かっていて、これまでも実践していることだが息子との二人暮らしが始まってからよく話題にするようになった。大切なことでもあるが、だからと言って今年もう一度松茸を買うということはない。