啓蟄を感じる日

啓蟄」までにはまだ2週間ほどあるが、今日はそんな啓蟄の訪れを感じさせられるようなことがあった。

昨日は2月の割りには暖かったが、一応多少の寒さを感じるような日だった。そして今日はぐっと気温が上がったのだけど、日中は会社でデスクワークをやっていたので暖かな一日を楽しむ…というこもとなく過ごした。

「季節外れの暖かな日」がこうも続いていると、今年が暖冬だということに懐疑的だった僕も「やはり今年の冬は温かい」と認めざるを得ない。そしてこの暖かさは数日続くようだが、次の週末にはひどく寒くなるらしい。この寒くなるタイミングで燻製を作ろうと思う。

春らしさを感じ始めていたら、スーパーの野菜売り場に山葵の葉が並んでいるのを見つけた。仕事で伊豆の方に出掛けると良質な山葵を手に入れられることが「沼津に来て良かったこと」なのだが、そんな山葵には敵わないけれど沼津の山葵も安価で良質そうなものだった。

山葵の葉、そしてもう少し先に出回るであろう山葵の花は僕が一番に春を感じる食材のようにも思う。このタイミングで一把350円で売られている山葵を見つけたのだからソレを買わずにはいられなかった。

買ってきた4把もの山葵は粕漬けではなく全てを醤油漬けにすることにして、今夜早速調理に取り掛かった。

柔らかな茎や葉、そして花や蕾を漬け込むのがうまい醤油漬け山葵なのだが、この際、そんな山葵の良し悪しなどカンケーない!と多量の山葵を切刻み、塩で揉んで熱湯を振りかけるという「いつもの山葵漬工程」をこなしていると一つの違和感に気が付いた。

なんだか臭いのだ。お湯をかけた山葵から立ち込める匂いなのか?なんだか分からぬ異臭を感じ取りながら、僕はボールに移した山葵の断片を触りながらその匂いの元を探った。

すると、山葵を切った俎板の脇に一匹の虫がいることに気付いた。鮮やかな緑色の山葵の葉っぱの脇にいたのはこれまた鮮やかな緑色をしたカメムシだった。

やつにしてみると、ある程度の暖かさに誘われて青く茂った山葵の葉の中で昼寝でもしていたのだろう。そんな春らしい数日を楽しんでいるうちにその山葵ごと刈り取られて束の中に閉じ込められ、意図せずに我が家にまで来てしまったのだろう。

匂いの原因が分かった途端にその嫌な匂いは更に増幅されて僕の鼻腔を嫌な形で刺激するように思った。僕は反射的にキッチンペーパーを取り出し、潰さぬようにそいつでカメムシを丸め込んでゴミ袋に捨てた。

その後、何度も水を変えながら念入りに洗ってから漬け込んだ山葵漬。何度も鼻を近づけて「あの嫌な匂い」が残っていないか確かめながら、丁寧に漬け込んだ山葵ではあるが、これが美味しいものになるのかどうかは疑問である。何度も水洗いしているうちに山葵の持つ辛味成分も水に流されているに違いないと思うからだ。

春の訪れを感じされてくれる山葵漬は食べることは勿論、それを漬け込むことも僕にとっては春を感じる行為として、大きな喜びを伴うものだ。

1,400円も払って買ってきた山葵がダメになっているかも知れない…そんな憤りもあるが、一匹のカメムシにより「春が近づいていること」はより鮮明なものになった。

今更ではあるが、緑鮮やかなカメムシを殺すことなく外に逃がしてやれば良かったな…そんなことを思ったりもする。