マカロニという食物

今日、随分と久しぶりにマカロニを食べた。

数日前に近所にあるカルディで見かけて、ふと食べてみたくなったので買っておいたものだ。

マカロニを買うのは何年ぶりのことだろうか?この10年以内に買ったような気もするが、それをどうやって食べたのか?本当に自分で食べたのかどうかも思い出せない。

確実に自分で買ったマカロニを調理して食べた記憶があるのは22年くらい前まで遡る。当時の僕には、ペンネを買ってはトマトソースで味付けして食べることが流行っていた。チリ産の赤ワインを買ってきてペンネと一緒に楽しむことが流行っていたのである。僕の中だけでのことなのだが…。


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マカロニというのは位置付けのよく分からない不思議な食物である。

主食なのか?おかずなのか?
炭水化物そのものなのに、何故か堂々たる主食感を感じられない。そんな風に思いながらも、まあ、今夜は主食の麺類としての食べたのであるが…。



子供の頃は今と比べると比較にならないくらいの頻度でマカロニを食べていた覚えがある。その大半がマヨネーズで野菜と和えたマカロニサラダだった。

しかし、頻度はともかく記憶の中に一番鮮明に残っているのはマカロニをケチャップで炒めたやつだ。

母親の手作りの弁当を持って行っていた幼稚園の頃、高村くんという近所の友達の弁当にマカロニのケチャップ炒めが相当な頻度で入っていたと記憶している。幼稚園児の僕はそれがとても羨ましくて、うちに帰ってから母親にねだった。それ以来、僕の弁当にマカロニのケチャップ炒めが登場する頻度も増えた。

今と思えば、きっと茹でたマカロニを本当にケチャップで炒めただけのものだったのだろうし、特に美味しかった記憶もない。しかし、地味な弁当の中に彩り鮮やかなマカロニケチャップ炒めが入っていると、弁当全体がパッと華やかになるような気がして嬉しかった記憶がある。


その後もマカロニケチャップ炒めが廃れることなく、中学生になって再び弁当を持参するようになってからも、時折、マカロニケチャップ炒めが登場していた。

当時のマカロニはペンネとかではなくて、ツルッとした細くて穴の開いたプレーンなものだったし、きっと茹で過ぎるか炒め過ぎるかしていて、ズブズブに柔らかいものだった。

今、普通に食べても美味しくはないだろうマカロニのケチャップ炒め。そして、手作りのラグーソースとともに食べた今夜のマカロニも不味いとは思わないが、それほど美味しいとは思わなかった。

しかし、郷愁の味…とでも呼ぶのだろうか?とても懐かしく、その記憶を辿るだけで美味しいと感じてしまうような食材の一つがマカロニである。