人はその人が食べているもので作られている

タイトルの文言は平素から僕が軽蔑している調味料を製造している会社のCMコピーに同じようなものがあるのだけど、この言葉自体は正しくて、その通りなのだ。

最近、別々のふた方向からそれを実感させる話に接したので、今日は「食べるものについて」書いてみたい。

一つは息子の話。この春から大学生となった彼はそれはそれは楽しい毎日を過ごしていることだろう。2週間に一度くらいの頻度で彼と電話で話をするのだが、基本的には自炊による食生活を送っているようだ。

そんな彼の自炊献立だが、昼飯はタッパーに詰めた白飯に肉野菜炒めを乗せた弁当。そして、夜は鰯や秋刀魚を買ってきて食べているそうだ。

鰯や秋刀魚は塩焼きにしているのかと思ったら、スパゲッティの乾麺と一緒に茹でた後でオリーブオイルと大蒜となどで麺とともに味付けをすることが多いとのことだった。頭も取らなければワタも抜かない。

パッと聞くと特に食べたくなるような調理方法ではないのだが、息子いわく「これが存外に美味しく、何よりも頭が冴えて集中力が増す」とのことだった。

「これを浪人生の時にも食べていたら早稲田にも受かったはず」と宣っていたが、これを聞いた長女は一刀両断に「そんな訳はない」と評していた。

彼がそのメシによって早稲田に受かったかどうかは置いておくが、頭脳が冴え渡る気持ちになっているということだけでも素晴らしいことだと思う。何も実際に頭脳が冴えていても冴えていなくとも、そしてそれが気のせいであったとしてもどうでもいい。食べるものによって体調が変化するのは当然のことだし、それを財布を気にしながら男子大学生が生活の中で実感する…というのが尊い行為なのだ。

もう一つは僕の話。

師走になると仕事も忙しいのだが、今年になって始めたトランペットの練習も忙しく、本来取り組みたいことがボロボロと生活から零れ落ちているような有様だ。そんな反省をしながらもトランペットの良くないところは「音楽に没頭し過ぎて気分も高揚しまくる」という点だ。

夏から僕は隣町の隣町のくらいに位置する市民楽団にトラとして参加している。メインでやっているバンドよりも遥かにレベルが高いため、練習スタンスはどちらが本業なのか分からない……と言うよりもトラのバンドの方が多くの練習時間を要する。そして、そのバンドの練習がほぼ毎週、日曜日の夜にあるものだから、日曜日の夜は22時過ぎに帰宅してからも「頭がトランペットのことで熱を帯びている」ような状況なのだ。

そんな状態だから、日曜日の夜は23時頃から遅い夕食にして更にはトランペットの音源を聴いたりしながら割とガッツリと酒を飲むことが習慣になってしまった。

それまでは日曜日は夕方早くに酒を飲み始めて22時頃には眠ってしまう…という健康的な生活をリズムだったのだけど、人というのは簡単に楽しい方向にはシフトチェンジ出来るようで、今では日曜日じゃなくても25時くらいまで起きて音楽を聴きながら酒を飲むようになってしまった。

酒を飲み音楽を聴く…という行動は精神を助ける。しかし、その楽しさからついつい飲み過ぎてしまい身体には大きな負担をかけていたようだ。そのため、秋からこっち、いつでも何だか疲れが取れないような状況が続いていた。

そんな僕は明日、遂にトラのバンドのステージを迎える。ジャズを演奏するという行為は実に文化的な活動なのだけど、トランペットを吹いて音を鳴らすという行為はそれなりに体力を要する。枯れたジジイだからこそ出せる味…みたいな物もあるが、それはジャジーかどうかの問題であり、明日の僕は弾けんばかりのエネルギッシュな音色を必要としている。

これにはやはり元気一杯のコンディションが必要で、何だか疲れが取れないような体たらくでは駄目なのだ。そこで、一昨日と一昨昨日は酒を止めた。

……!

夜の睡眠も朝の目覚めもそれまでと違う。

…って、これまでどけだけ「飲み過ぎな夜」を過ごしていたのだろうか?そんな訳で昨日の夜も酒は少しにしておいたし、ライブ前夜の今晩も酒は飲むけど軽めにしておこうと思っている。